第一章
第1話 〝無職〟のジン
とある国の小さな街の冒険者ギルド。
その街は「鬼隠森」にほど近く、時折魔物が森の外へ飛び出してくることもあり、報酬の高い魔物討伐依頼が豊富で拠点として住みつく冒険者も多い。
凶悪な魔物が生息している森があるせいか、森の外縁や街の周囲に魔物が寄り付かないこともあり、この街で冒険者を始める若者も多くいた。
そんな街で、ある新人冒険者の噂が広まっていた。
その日もまた、酒場に集まった冒険者たちが噂話をしている。
◇◇◇
「――知ってるか? 最近噂の新人の話」
「もちろんさ。なんでも、優秀な〝職業〟を持つ魔法士の女だろ」
「ああ。大きな帽子と何らかの魔法で顔を隠しているみたいだが、相当な美人なんだそうだ」
「はぁ? 顔もわからねぇのに、なんで美人だって分かるんだよ?」
「そんなもん俺が知るかよ。そういう噂が広まってるって話だからな。だが、一つ確かなことがあるらしいぜ」
「へぇ……そいつは何だ?」
「……成人前のガキとは思えねぇほど、いい体してるんだとよ! 服の上からでもわかるくらいになっ!」
「おいおい、そいつは本当か!? いい体の美人か……そいつは最高だな。どうにかしてお近づきになりたいもんだな」
「バカ言え! お前みたいなのが相手にされるわけねぇだろうが」
「何だと!? やんのかてめぇ!」
「あ゛ぁ!? 上等だ! 表に出やがれ!」
胸倉をつかみ合い激しい喧嘩を始める二人の冒険者。
他のテーブルで酒を呷る冒険者たちが、二人をさらに煽る。
酒場の日常。騒がしい冒険者たちのいつもの光景。
この空気は嫌いじゃないが、彼らが話していた内容には嫌気が差す。
この噂のせいで、私は目立たないよう変装、もしくは偽装しなくては街を歩くのも面倒だ。
受付で依頼達成の報告をしていると、茶髪で可愛らしい敏腕受付嬢のシーナが声をかけてくる。
「一躍有名人ですね、アカネさん♪」
「やめてよ……。こんな形で有名になんてなりたくなかったわ」
「仕方ないですよね~。実際噂の内容は間違ってないですし。美人で肉付きの良い優秀な新人さん。近い内にいろいろなクランから勧誘がいらっしゃるのでは?」
「面倒だからパス。しばらくはソロ、もしくは信頼できる前衛がいればいいんだけど……」
私がそう言うと、シーナはファイルをパラパラとめくる。
「う~ん……残念ながら、アカネさんとパーティを組めそうな冒険者はいませんね。めぼしい人は大体どこかのクランに加入されていますし、行方知らずの方も何人か……」
「変わらず、ね。この際、新人でもいいのだけど」
「だ、ダメですよ! アカネさんと一緒に行動できるような新人はいません! アカネさん、今日受けた依頼はなんでした?」
「イビルレッドボアを十体討伐、だったわ」
イビルレッドボアは、通常の猪より二回りほど大きくなった長い牙を持つ魔物だ。
強力な突進と鋭い牙にさえ気を付ければ大したことはない。
今日の出来を振り返っていると、シーナがジト目を向けてきた。
「……アカネさん、イビルレッドボアは通常Dランクの魔物です。それを十体も軽々倒すのは普通ではありませんからね! 規格外な力を持っていることを自覚してください!」
怒られてしまった。
どうやら私の感覚がおかしいみたいだ。
イビルレッドボア十体くらいなら慣れれば誰でも……。それこそ、私が新人を育てればいいのでは?
思案していると、一瞬ギルドが静かになった。
何事かと視線を向けると、ギルドの入り口に返り血まみれで漆黒の長い髪を一つに束ねた少年が立っていた。
物珍しそうにギルドの中を見ている。歳は私と同じくらい?
小さな袋を肩から提げ、縄で縛られた何かを引きずっている。
その少年はずかずかとギルドの中に入ってくると、受付までやってきた。
「これ、金になる?」
魔法で存在を偽装している私と一瞬視線が交錯。何事もないかのようにシーナに話しかけた。
「え、ええ。売れます――って、これイビルレッドボアの牙!? それもこんなに!?」
縄で縛られていたのはイビルレッドボアの牙だった。それもニ十本近くある。
彼は一人でイビルレッドボアを十体討伐したということになる。
静まり返っていたギルド内にシーナの声が響き、冒険者たちがざわつく。
彼が何者か気になるようだ。
「こ、これをどこで!?」
「なんかいっぱいいたから狩った。イビルレッドボアって言うの? 肉は食べたから牙だけになるけど……」
「いえ、全然問題はありません。換金いたしますので、ギルドカードを提示していただけますか?」
「? ぎるどかーど?」
少年は首を捻る。ギルドカードを知らない……?
もしかして、彼は未登録なの?
「冒険者登録ってされてます……?」
「してない。衛兵さんにこれを売りたいって言ったら、ここを教えてくれたんだけど。ここが冒険者ギルドだったんだぁ」
そう呟いた彼は、興味深そうにギルド内を見まわした。
何なの、この世間知らず君は。
「それでは、先に登録からしましょうか。お名前と〝職業〟を教えてください」
「名はジン。〝無職〟だから職業は空欄でいいよ」
「ジンさんですね。それに無職と……――えっ?」
その場にいる誰もが耳を疑った。
そして同時に驚きの声を上げる。
「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ―――――――!!!!」」」
「ん?」
この日のことは鮮明に記憶に残るだろう。
彼との出会いは、私の運命を変えた――。
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