閑話

~~侯爵家のその後~~

 アランが追放された後の侯爵家には、剣呑な空気が漂っていた。


 原因はまさにアランが追放されたからだ。

 次期侯爵筆頭と噂されていたアランがいなくなったことで、侯爵家内で次期侯爵を巡る派閥争いのようなものが起きてしまった。

 特に激しいのは、長兄アーノルドと三男フェルドナッドの母である第一夫人派と、次女フランメリーとアルミナ・アルミラ姉妹の母である第三夫人派の争いである。


 誰が侯爵家を継ぐかによって、夫人の立ち位置が大きく変わる。

 互いに野心を持つ夫人たちは自分の子を後継者に仕立てようと、日々画策していた。

 そのせいか、夫人らが顔を合わせる度牽制まがいの罵り合いが始まる。

 気が立っている夫人らを刺激しないよう、使用人たちは少しのミスも許されない程の緊張を抱え、常に気を張っていた。


 ちなみに、追放されたアランバルドと家を出て旅をしている自由人のアリシアを子に持つ第二夫人は我関せずだ。

 そもそも野心を持ち合わせず、子供に干渉しない放任主義者。追放されたアランを心配しつつも、自由に生きてほしいと思っているほどだった。


 そして、屋敷内の空気は子らにも伝播している。

 次女のフランメリーと三男のフェルドナッドは顔を見合わせる度喧嘩ばかり。

 いつもはアランバルドが間に入って仲介していたが、今はそれもない。

 彼らの喧嘩を止めるものはなく、触らぬ神に祟りなし、と使用人たちは関わろうともしない。

 その上、〝狂戦士〟の職を得たフェルドナッドと〝戦槌〟の職を持つフランメリーが喧嘩を始めれば、屋敷の崩壊は目に見えてわかることだった。

 そのしわ寄せを受けるのは、他でもない長子であるアーノルドだ。

 その日も、使用人からアーノルドへ報告が上がった。


「……またか。毎日毎日飽きないものだね、あの子たちは……」


 十七歳のアーノルドは父であるアルフレッドから家の管理を任されていた。

 アランバルド追放から荒れ始めた屋敷内をまとめるために、日々頭を悩ませていた。

 毎日勃発する姉弟喧嘩、関係各所へ根回しをする夫人たちの浪費、使用人の管理など、増え続ける仕事量に忙殺されそうになっていた。

 その上……――。


「――アーノルドおにいさま! アランおにいさまはいつお帰りになるのですか!?」

「……さあ。僕にはわからないよ。ごめんね。ミナ、ミラ」


 毎日のように同じことを聞きに来る、元気いっぱいな妹たちを誤魔化す。

 アランバルドがもう戻ってこないことを伝えるのは酷だ。

 そう思い、アーノルドは妹たちに真実を隠しているのだが、聡明な妹たちが真実に気づくのは時間の問題だ。

 慌てた様子のジルドが、二人の少女を追ってアーノルドの執務室へ入ってきた。


「お嬢様方! いけません! アーノルド様はお仕事でお忙しいのですぞ!」

「じいやはだまっていて! わたしはもう一月もアランおにいさまのお顔を見ていないのです! さびしいのです!!」


 眠そうなアルミラの手を引き、憤慨するアルミナ。

 依然として困った表情を崩さずアーノルドは言う。


「寂しいのは分かるけど、僕も本当に知らないんだよ。詳しいことは父上が帰還されるまで待っておくれ」

「むぅー……」


 そう言うと、アルミナはぶすっとむくれた顔をするが、アルミラとジルドを連れ執務室から去って行った。

 アーノルドは深いため息を吐く。


「はぁ……アランがいないだけでこうも面倒なことになるとは。まったく、父上も余計なことをしてくれたものだよ」


 誰もいない執務室で小さく呟いた。

 アランバルドが侯爵家を継ぐことを確信し、その時が来たら家を出て思うままに旅をしようと画策していた。

 しかし、彼のあては外れた。

 女神の恩恵を受けられなかったアランバルドが処分されたことで、次期侯爵という肩書が自分に回ってきた。

 弟妹たちがその肩書を欲しがっているのを知っている。それでも彼らには渡せない。

 アランバルドほど優秀であれば喜んで譲り渡すのだが、彼らでは家が崩壊すると考えていた。

 家を崩壊させるくらいなら、自分が我慢した方が良い。そう思ってアーノルドは次期侯爵としての仕事をしている。


「アリシアは上手いことやったよ。本来ならアリシアかアランが次期侯爵なのに……」


 時折ふらっと帰ってきては旅の話をするアリシア。

 いつもそれを羨ましそうに聞くアーノルドは、切実に変わってほしいと願っていた。

 深く椅子に腰かけ天井を見上げボーっとしていると、逼迫した様子の使用人が飛び込んできた。


「アーノルド様!! 坊ちゃん方をお止めください!! このままではお屋敷がっ……!!」

「ははは。それは大変だね」

「笑いごとではありませんよぉ!」

「わかってる。すぐに行くよ」


 重い腰を上げ、アーノルドは部屋を出た。

 侯爵家の未来は、彼の手にかかっていた。






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