第7話 過去との決別
「ほお。具体的には?」
「具体的なことはまだ……でも、誰にも馬鹿にされないくらい強くなりたい!」
馬鹿みたいに思うかもしれない。
それでも、俺に力があれば、馬鹿にされないほどの実力があれば……っ。
「復讐しようと考えるよりは、年相応の夢見がちな子供みたいでいいんじゃないか。だが、その道は困難を極める。どうあがいたって小僧を見下す奴は必ずいる。その道を歩もうとするのなら、諦めて立ち止まることは許されない。その覚悟が、お前にはあるか?」
ハンキの真剣な眼差しが、俺の目を捉える。
茨の道を進もうとする俺を心配してくれているようだ。
やはり、姉の話していた通り、彼らは優しい心を持っている。
長い時が人の心を変えることがあっても、彼らの持つ本質は変わることはないのだろう。
だからこそ、俺は迷わず答える。
「覚悟はとうに決めた。どんなに呆れられようと、どんなに笑われることになっても、俺は俺の目指す道を進んでいく。もう迷わないし、逃げもしない」
それが俺の覚悟だ。
いつしか、誰もが俺を認めてくれるまで、俺は歩み続ける。
俺の答えを聞いたハンキは、楽しそうに呵々大笑。
「くははははは!! 十かそこらのガキが、迷いなくそう言えるとはな! 気に入った! 人は嫌いだが、お前は別だ。お前の面倒を見てやろう」
「? 怪我が治るまではお世話になるつもりだったけど……」
「いや、気が変わった。お前が独り立ちできるまで俺が面倒を見る。要は……お前が強くなるための手伝いをしてやる」
つまり、俺に修行をつけてくれるらしい。
だが、ハンキは鍛冶師と名乗っていた。それが彼の〝職業〟であるなら、ハンキは戦闘向きの力を持っていないはずだ。
「疑うのは分かる。確かに俺は〝技術者〟。武具や魔道具作成に特化した恩恵だ。鍛冶師ってのは好きで名乗っている。小僧の懸念通り、俺は戦闘用の能力は持っていない。だが、様斬するには技術が必要。剣術の心得くらい持ち合わせている。それが鍛冶師ってもんだ」
「ためしぎり……?」
聞きなれない言葉にキョトンとしていると、ハンキは近くの壁に掛けられていた剣を取り、その場で抜いた。
見たことのない反りのある片刃の剣。長剣よりも短く、細剣ほど細くはない。
銀の刃に波のような紋様が浮かび、なぜかそれが目を引く。
ハンキはそれを正面に構え、ただ振り下ろした。
それだけの動作。なのに、圧倒される……。
「これは〝刀〟という。東端の小国で一番有名な剣だ。俺が作る武器はこれだけだ。どれだけ鉄を打っても、未だ師の作品を超える名刀を打つことはできていないがな。それと、さっきの見たな? 俺の剣術の師は、あれだけで竜を斬ったそうだ。達人とは恐れ入る。長い年月を重ねても、背中さえ見せてはくれない。剣術において、俺は師を超えることはできないと悟った。その達人の技の全て、俺が師から受け継いだ全ての剣術をお前に教える。お前なら、いつか師を超えられるかもな」
ハンキの期待するような眼差し。
今まで感じていたそれとは全然違う。彼の方が心地よく感じる。
俺は頭を下げた。
「よろしくお願いします。――師匠」
「……へ、変な呼び方すんな。むず痒いだろうが」
「では、先生」
「それも……まあ、いいか。怪我が治ったら修行開始だ。それまでは安静にしてろ」
「はい」
それから、ハンキは刀を元に戻し俺の側に腰掛けた。
そしてこれまた真剣な顔をして真っ直ぐ俺の目を貫いた。なぜか緊張する。
「……これから言うことは……まあ、過去と決別する儀式、みたいなもんだ。俺もそうして過去を捨てた。小僧、お前はどうだ?」
「過去と決別……」
そうして頭に浮かび上がってきたのは、俺を捨てた家族たち。
突然無関心になった両親、優越感に浸り俺を見下す弟、陰でこそこそと笑う使用人。
これらは不要なものだ。捨てても問題ない。
どんな時でも俺を真っ直ぐ見てくれていた姉、俺のことを慕ってくれていた可愛い妹たち。これは大事なモノだ。決別するには迷いが生じる。
だが、前に進むためには……俺はもう振り返らない。
「何も問題はない。俺は、前に進むだけだ」
「ふっ……そうか。なら、アランバルド・スターツ。――名を捨てよ」
そう言って、ハンキは懐から水晶を出した。
淡い光を放つ水晶には、俺の名前が浮かび上がっていた。
不思議と何を口にすればいいかわかる。
「『アランバルド・スターツとしての、忌まわしい記憶も、輝かしい思い出も、その全てを魂に刻み込み、新たな生を享受せん』」
そう告げると、水晶に浮かび上がっていた俺の名は薄れていき、新たな名が浮かび上がってきた。
「今日この時よりお前の名は――〝ジン〟だ」
そうして、アランバルド・スターツはこの世から消えた。
新たにジンとして、長く険しい生が始まる。
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