第6話 決意
「半鬼……?」
どこかで知った言葉。そして印象的だった男の額にある小さな角。
それらが合わさり疑念は確信に変わった。
――半鬼。
〝鬼〟の血を宿したモノの総称だ。
人でも獣でも、鬼の血が流れるのであればそう呼称され恐れられる。
創世紀にはあまり知られていない事実があった。
かつて無の荒野に三女神が降り立った時、荒れ果てた大地で懸命に生き抜く強き種族がいた。
それが〝鬼〟と呼ばれる者たちだった。
立派な角と強靭な肉体、そして深い知性を宿した鬼たちに、三女神は世界の再構成と多種族との共存を持ちかけた。
鬼たちは三女神の提案に同意。緑豊かな美しい世界と新たな仲間に歓喜した。
しかし、それも最初だけ。
〝鬼〟の持つ力に脅威を感じた人間たちは、世界から鬼を排除しようと画策した。
真正面から戦争を仕掛けても、強靭な鬼たちに敵うはずもない。
故に人間は、鬼たちを欺き、騙り、非道な行いで〝鬼〟の数を減らしていく。
人間の行いに激怒した鬼は、一夜の内に三つの国を亡ぼしたと言われている。
それから、人との共存を拒否した〝鬼〟は表舞台から姿を消した。
そして数十年の後、人が暮らす世界の反対側に新たな種族が台頭し始めた。
――〝魔族〟。
鬼のような角に黒褐色の肌、蝙蝠のような翼を持った種族。
彼らはその見た目から、〝鬼〟を祖とし、人に復讐を果たしに来たと語り継がれているが、それも定かではない。
いつの日か姉が旅から帰ってきた時、寝物語として聞いた話だ。
その時はただの伝承、ただの噂話と揶揄していたが、こうして目の前の半鬼の男を見ると、姉の話はあながち間違っていなかったのだろう。
「……歴史の影に隠れた伝説の種族、〝鬼〟の血を持つ者か。伝承通りなら、鬼は人を喰らうと言われていたっけ……」
「食うわけなかろう。人は話を改変したがる。自分たちの都合の良い話に変えてばかりでは、正しいものが見えなくなるというのに。そもそも俺の半分は人だぞ」
「ふふっ。確かにそうだ。失礼した」
くすり、と小さな笑いが零れる。
……そういえば、久しく笑っていなかった気がする。
「ふんっ。笑っていれば年相応だな。先ほどまでの張り詰めた雰囲気は小僧には合わん。ほれ、これは返すぞ」
そう言ってハンキが何かを投げた。
くしゃくしゃに握りつぶされた父からの最初で最後の手紙。
ふつふつと怒りがこみあげてくる。
「……読んだのか?」
「ガキとは言え、何者かもわからない人間に慈悲をくれてやるつもりはない。だが……その手紙を読む限りお前にも事情があるのは分かった。
そのやせ細った体……ろくに食事も与えられていなかっただろう。その上、こんな危険な森の中に捨てるくらいだ。その侯爵とやらはよっぽどのクズだ」
彼にとってみれば、他人事のはずなのに。なぜだろう……。
こんなにも自分のことのように怒りを露わにしてくれているなんて。
そうして、姉の言葉を思い出した。
『確かに〝鬼〟の力は脅威かもしれない。でも――彼らはとても優しい心を持っている。誰よりも仲間を大切にし、誰よりも家族を愛する種族。彼らは大切なモノを守るためだけに力を振るう。アランも〝鬼〟に会えばわかる』
まさに、姉の言った通りだ。
姉の言葉に納得していると、ハンキが真面目な顔で問いかけてきた。
「小僧。お前はこれからどうするつもりだ?」
「どうする、とは……?」
「お前にこんな仕打ちをした親に復讐でもするか? お前にはその権利がある。それとも、全てを投げ出して死ぬか?」
その問いかけは、まるで俺の心を読んでいるかのようなものだった。
復讐の権化と化すか、死んで楽になるか。これまで悩んで未だ答えは出ていない。
世界中に〝無職〟の俺の居場所なんてない。誰もが、俺に価値を見出さない。
そんな世界で生きるくらいなら、死んだ方が良い。
――そう思っていた。
だが、俺は……。
「復讐もしないし、死んで楽になんてならない……!」
「なら、どうするんだ」
力もなく無様に捨てられた悔しさを抱えたまま生きてなどいけない。
辛く険しい道になるだろう。惨めに馬鹿にされることだろう。
それでも、このまま終われない。終わらせてたまるものか!
「俺は……この世界に、俺の価値を刻む。〝職業〟なんかで人の価値は決められないことを、俺の手で証明してみせる!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます