とあるホスピスの一室で【ショートショート】
@pearll
とあるホスピスの一室で
とあるホスピスのとある一室に、とある男女がいた。
「あぁ、これはもう駄目みたい…」
「そんな…」
女の身体を蝕む病魔は、急激に進行しつつあった。そして今日が最後の日であると、直感で理解した。
「最後の瞬間に付き添ってくれてありがとう…」
「あたりまえだよ、恋人なんだから…」
「うん…」
二人は深く愛し合い、お互いの愛を理解し、そして心の底から結ばれていた。
「最後まで一緒だから…」
「ありがとう。幸せ者だな…」
そんな二人が今、引き裂かれようとしているのだ。
「あの世に行っても仲良くしようね…」
「うん。僕も天国に行くから…待っててね」
二人は寄り添い、女は涙を流した。そして二人は最後の会話を交わした。
「もう、お別れみたい…」
「死なないでよ。死なないで…」
「ほんとに、楽しかった。今までありがとう、ね…」
「あ…ああああああああ!」
ベッドサイドモニタに映る波線が直線に変わり、全ての数字が0になり、そうして━━━━男は死んだ。
次の瞬間、泣きわめいていた女が泡を吹いて倒れ、息絶えた。
真っ白なベッドで眠るように死んだ男と、その傍に倒れ伏した女。とある病室のとある一室で、二人の人間が今死んだ。
モニターにはとある一室が映し出されている。
この病院のホスピスの一室。モニターの画面の中で、先ほどまで恋人らしき二人が最後の逢瀬を交わしていた。そして二人とも死に、画面の中でピクリとも動かなくなった。
そこに至るまでの一連の様子を見ていた医者は呟く。
「苦しみを肩代わりする機械、ね…」
苦しみを肩代わりする機械。
病気や怪我で受ける苦痛を他人が肩代わりする技術。機械で人同士を繋げることで、片方が受ける苦しみの全てをもう片方に渡す。苦しみを肩代わりした人は、病気による苦痛をそっくりそのまま貰い受けるため、身体は健康のまま病気の苦痛に侵される。だから、病気の進行で死んでしまう。当然苦痛を渡した病人側も、苦痛は無いままに身体が蝕まれ、やがて死ぬ。その代わり、肩代わりした人が死ぬ寸前までは元気な身体のままでいられる。
今しがた死んだ二人は、この技術の使用者だった。女は不治の病を患っていた。既に病状は手に負えない段階に来ており、終末医療のためのホスピスに移されていたほどだ。しかし、男はこれを良しとしなかった。
「彼女の苦しみを理解してあげたい。彼女のいない世界にいたくない。最後まで彼女には元気でいてほしい。最後まで彼女の元気な姿を見ていたい」
彼はそう言って、自ら苦痛の肩代わりを申し出た。女は猛反対したが、やがて受け入れた。
かくして彼は女の苦痛を肩代わりして入院することになった。女は退院した。そして先ほど男が死んだ。その数舜後に女も死んだ。医者は呟く。
「苦痛の肩代わり技術。これは、論理的に考えれば全く意味の無い技術だ。苦痛を肩代わりしたとて、病人の死が揺らぐわけではない。そればかりか、無駄に健康な死人を増やしてしまう。しかし、この技術を使う人は後を絶たないのだ」
「知性を持ちながら、不合理な選択をする。愛が不合理を招く。ねぇ君、これこそが人間のあるべき姿だとは思わないかね?」
「これこそが、愛を持つ種族の究極の形だとは思わないかね?」
とあるホスピスの一室で【ショートショート】 @pearll
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