第7話 私の恋はハッピーエンドかもしれない
海堂さんと手を繋いで廊下を走り抜けていく。後ろから先生の声が聞こえてきた。そんなの知らなーい!
向かう場所は特に無く迷っていたら、手を引っ張られた。海堂さんがどこかへ連れて行ってくれるらしい。
静かな廊下には二人の足音だけが響いた。階段を駆け上って連れられた先は、なんと屋上。
海堂さんはなぜか鍵を持っていて「内緒」と小さく笑いながら解錠した。
二人で重たいドアを押し開ける。
埃っぽい屋上へ続く階段から解き放たれた先は、どこまでも青い空が続く世界が広がっていた。
太陽の陽射しは、眩しく強く、私たちを照りつけ、少しひんやりした風が汗を冷ます。夏の空気だ。
「私、屋上、初めて出た」
「私も、初めて」
乱れた呼吸と蒸気した顔で見合わせ、ふたりでニッと笑う。なんか今、めちゃくちゃ最高な気分!
笑いが治まったあと、影になっているところへ移動して並んで座り込む。あーあ、授業サボっちゃった。サボらせちゃったな。
「ね、海堂さん、鍵はなんで持ってたの?」
「高山くんが学級委員の用事あるときに貸りて、私に渡してくれたの。本当は返しに行かなきゃいけなかったのに、忘れててずっと持っててさ」
「えー、めっちゃ不良じゃん」
「昨日返そうとしたら、もうスペアキーが作られてて返す場所なくなっちゃってて」
なにそれ。うちの学校、管理や警備が杜撰すぎる。耐えきれなくて笑い出す。つられたように海堂さんも笑った。
意外だ。海堂さん、こんなにも笑う子だったんだ。元々の綺麗な顔に、ぱっと花が咲いたような可憐さが加わって、ものすごく可愛い。
「水崎さんも授業サボっちゃうの不良じゃない?」
「そうかも。海堂さんも連れてきちゃったし」
「私、びっくりしちゃった。ねえ、どうして、私を連れてきたの?」
「お話しようと思ったんだけど、えっと、なんのお話しよっかな」
「決めずに出てきたの?」
「んー、色々話したいことあるんだよね」
私、海堂さんのことをよく見ていたつもりだけど、全然見てなかったな。
とりあえず、さ。
「海堂さん。私と友だちになりませんか」
海堂さんのこと、ちゃんと知りたいな。
そこから私たちはたくさん話した。名前と年齢と誕生日の、基本的な自己紹介から、住んでる場所や好きな食べ物まで。好きな教科と嫌いな教科、これから遊んでみたいこと、ネズミーランドで楽しかったこと。
そして、好きな人のこと。
「私はね、木瀬くんのことが好き、で」
海堂さんがリンゴみたいに真っ赤になって教えてくれた。可愛い、可愛すぎる。
ク そしておめでとう、木瀬。告白、上手くいくよ! 心の中で木瀬に拍手を送る。
「だから、水崎さんに謝りたくて」
「謝る?」
私が首をかしげたら、海堂さんがぱちんと手を合わせてぺこりと頭を下げた。
「私たちの作戦で、その、水崎さんを困らせちゃって、本当にごめんね」
「え?」
「森岡くんに木瀬くんのことを相談してね、それで私たち過剰に親しいふりをしていて」
「ど、どういうこと?」
「私と森岡くんがわざと仲良くしてたら、木瀬くんも水崎さんも、その、逆に意識するんじゃないかって」
「……ええと」
森岡と海堂さんが仲良くしていたのはわざとで、その理由は私と木瀬を意識させるため。
つまり、森岡は海堂さんのことが好きなわけではなくて、むしろ……。
私は完全に理解した。理解してしまった。
「私と木瀬は、森岡の手のひらで転がされてたってこと!?」
「ごめんなさい! 水崎さんって、転校してきた私から見ても、絶対森岡くんのこと好きなのに自覚すらしてないって聞いて、これは協力しなくちゃって思ったの! 前に二人のお話を遮るようなこともしちゃって、本当にごめんね!」
早口で謝罪されて、私も早口で返した。
「いや、海堂さんはいいの。私も色々海堂さんの邪魔しちゃって、いっぱいしょんぼりさせちゃって、めちゃくちゃごめん!」
手を合わせると、海堂さんは柔らかい笑みを浮かべた。
「全然いいよ。私たち、お互い様だったのかな」
「そうかもね。なんだぁ」
あぁ、なんだか気が抜けた。壁にもたれて息を吐き出す。
「てか、てか、そっか、そうなんだ」
私と森岡、両想いだったんだ。
わかってしまった途端に、顔が熱くなる。ほっぺを手で覆うと、めちゃくちゃ熱かった。あぁっ、もう、ただでさえ暑いのに。
あの眼鏡、あの眼鏡〜! 思わせぶりなことしちゃって、あの眼鏡策士め。頭の良さを発揮するポイントを間違えてるぞ。
ということは、雨の日の意味深なあの言葉は、おそらく私に? 察した瞬間、顔がぼっと発熱した。
「わ、水崎さん、顔まっかー」
「なっ、海堂さんこそ、真っ赤だよ!」
見つめ合って、くすくす笑う。
おかしい、こんなにも仲良くなるなんて四月の頃は思ってなかった。なんだか、名字呼びが他人行儀に思えてきた。
「ねえ、時葉」
「なあに、友子」
いきなり名前で呼んでみたが、私のことも呼び捨てされると思ってなかった。な、なにその適応力。急激に照れさせられた。
「よ、呼んでみただけ!」
「なんか、付き合いたてのカップルみたいだね」
「……私たちは出来たての友だちだから」
「友子すごく照れてる!」
「よし、森岡と両想いなら、私も告白しよ!」
「も?」
「あっ、いや、木瀬はわかんないよ? わかんないからね!」
「えーっ、めちゃくちゃネタバレだね。照れるなぁ」
「ね、時葉、夏休みになったらたくさん遊ぼうよ」
「うん! 私またネズミーランド行きたいな。友子、案内してくれる?」
「もちろん。連れ回しちゃうよー!」
涼しい風がびゅうっと吹いて、髪を靡かせる。グラウンドからは、体育のざわめきが聞こえ、どこか遠くで鳥が鳴いている。
授業中の屋上で生まれた私たちの友情は、きっと夏の空しか知らない。
水崎友子、高校二年生。乙女ゲームかもしれない世界で、ちょっぴり悪役っぽいことをした。初めて恋を自覚して、初めて誰かの恋路を邪魔しようとした。それを経て、気付いたことがある。
私の恋も、時葉の恋も、それで繋がった絆も、青春なんちゃらなんとかかんとかってゲームは全く関係ない、と。
私たちは自分の意思で、自由に恋愛するし、青春を謳歌するんだ!
私は乙女ゲームの悪役かもしれない 団子 @dango0223
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