第5話 至福のティータイム
正輝がインドから帰国して間もなくアールシュから、正輝が買い付けた茶葉が届いた。
早速、夫婦は試飲してみることにした。
美羽がティーポットにお湯を注ぐと、部屋中に紅茶の良い香りが広がった。
美羽は深く息を吸い込んで、香りを味わった。
「はぁー。なんて良い香りなの!この香りに包まれていると本当に幸せ。」
嬉しそうに言う美羽を見て、正輝はインドまで行って自分の味覚でしっかりと確かめながら買い付けをして来て良かったなと思った。
「早くこの幸せな紅茶を店で振る舞いたいなぁ。」
そう言って美羽は目を閉じた。
紅茶の香りを楽しみながら、どんなスイーツを作ろうかイメージしているのだ。
こうしたイメージがわき、広がって行く瞬間が美羽にとって、最高に幸せな時間なのである。
間も無くして、ピピッピピッと美羽がセットしておいたタイマーが鳴った。
お茶菓子用に作っておいたスコーンが焼けたのだ。
「まさっ!スコーンが焼けたわ♡」
っと言って美羽はキッチンへ行った。
しばらくして、焼きたての甘い香りのスコーンを運んで美羽が戻って来た。
「ねぇ!まさっ!見て、このスコーンの焼き色。美味しそうでしょー。」
「今日のも美味しそうだっ!早速いただこう。」
正輝も子供の様に目をキラキラとさせて答えた。
部屋中に焼きたてのスコーンの香りが広がった。
スコーンの中に入れたクラッシュナッツが香ばしく二人の食欲をそそった。
美羽は皿にスコーンを取り分けて、旬なリンゴに蜂蜜のみを加えて作ったシンプルなリンゴジャムを添えた。
「いただきまーす。」
二人は早速食べ始めた。
サクサクと歯応え良く、シンプルな小麦粉やバターの味わいがナッツの香ばしさを引き立てた。
甘いスコーンが渋味のある紅茶に合っていた。
夫婦は美味しい紅茶とスイーツで至福の時間を味わっていた。
正輝はリンゴジャムをスプーンですくって紅茶に入れて飲んだ。
紅茶を飲み干して溜息をついた。
「美羽さん。あの子が結婚するのか。」
しみじみと言った。
美羽は、嬉しい反面少し寂しそうな正輝の心情を察して優しく答えた。
「そうね。晃もそう言う年齢になったんだね。
ねぇ。憶えてる?晃が子供の時のこと。
ほら、あの子がピアノを習っていた時、発表会でさ…。
あの子、発表会をとっても楽しみにしていて発表会までに毎日何時間も繰り返し繰り返し練習していたら発表会の当日右手首が腱鞘炎になっちゃってさ…。
それでもあの子は発表会に出て最後までちゃんと弾けたんだよね。
でも、あの子は自分の思うように弾けなかったって言って、会場から家に帰るまで泣いて泣いて、家に着いても朝になるまで一晩中泣いたよね。」
美羽は目を閉じながらしみじみと思い出しながら言った。
「そんな事もあったなぁ。
あんなに負けず嫌いな気の強い子が、結婚を決めるなんてなぁ。
もしかして、あの子は我が強すぎて誰とも一緒にならないで独りで生きて行くのかも知れないなんて思ってたけど。
でも、ジョージ君と一緒なら安心だ。」
美羽も微笑みながらコクリと頷いた。
「もう、あの泣き虫だった負けず嫌いの子はいない。
小さい時は、あんまりにも小さくて小さくて、私たちがずっと手を繋いで守ってあげなければと思ってだけど、いつの間にか大きくなってだんだなぁ。
自分の足で立って自分で自分の道を見定めている。」
正輝は自分に言い聞かせるかのように美羽に言った。
美羽も正輝と同じことを思っていた。
「晃は今回の舞台が終わったら帰国するとの事だ。ジョージ君も一緒だそうだ。」
正輝は希望に目を輝かせながら言った。
「楽しみねぇ。
まさ、私達は子供たちを見守っていることしか出来ないのよね。
小さな種は芽を出して、太陽に向かってぐんぐん伸びて行くわ。
小さかった芽はいつの間にか大きくなって美しい花や実を付けるね。
いつも手を繋いで守ってやらないといけなかった小さな子は自分の脚で歩んで幸せを見つけて自分の居場所を見定められるようになっていたんだね。」
美羽は眼を閉じて語った。
夫婦は優しく甘い香りに包まれて、温かな幸福を感じていた。
ボナペティ wafua @wafua
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