第4話 娘はミュージカルスター

 インドに着いた正輝は早速アールシュの下でヨガを学んでいた。

この日は正輝以外にもう一人生徒がいた。

その生徒とは、正輝と美羽の娘の晃(あきら)だ。

彼女は身長が175cmくらいあり、アジア人女性としては長身な方だ。

正輝も美羽も背が高いので親譲りなのだろう。

顔がとても小さくて、それでいてアジア人らしい華奢な体型だが、鍛え抜かれた身体は程よく筋肉質でありながらも、しなやかだ。

正輝譲りの大きな瞳をキラキラと輝かせていた。

今日はシバナンダヨガをした。

ヨガの教室が終わり、二人は心身共にリフレッシュして、とてもリラックスしていた。


その後、アールシュがハーブティーを入れてくれたので三人でティータイムをした。


切り出すように、正輝は晃に言った。

「最近はどうなんだ?ニューヨークの生活は慣れたのか?

仕事の方はどうなんだ?」


晃は現在ニューヨークに住んでいるのだ。


晃はクスッと笑いながら答えた。

「父さん。本当に毎回同じこと聞くよね!

ちゃんとやってるよ。来週からは舞台稽古に入るから忙しくなるけど。」


そう言われて正輝は、自分はいつも同じ事を聞いてるのか…そうだっけ?っと少し口ごもりながら言った。

アールシュはそんな二人のやり取りをクスクスっと笑いながら静かに聞いていた。


「まぁ。元気そうなら良かった。

そのあの、なんだっけ?ジョージ君だっけ?彼も元気なのかい?」

ジョージは晃の婚約者である。


晃は答えた。

「ジョージも元気だよ。

その事で父さん母さんに話したい事があって、次の舞台が終わったら帰国しようと思ってたの。ジョージも一緒にね。

ハッとして、大きな目を見開いた正輝に、続けて晃は言った。


「父さん、私次の舞台が終わったらジョージと結婚しようと思うの。

だから、仕事は今回の舞台で最後にする。

ほら、ミュージカルって練習期間中は一日中レッスンスタジオに缶詰状態になるし、体も心も管理しないとだから、とっても神経を使うでしょう。

それだと今までみたいに働くのは無理かなって思って…。

やっぱり結婚したら結婚生活しっかりやりたいし、ジョージも仕事忙しい人だから夫を支えるのは妻の仕事でしょう?」


そう晃に聞かれて、正輝はすぐに答えられなかった。

何故なら、正輝も妻の美羽も結婚してからお互いに大好きな仕事を思いっきりやっているような状態だからだ。

ただ、それはお互いにお互いの意思や希望を理解しているからこそ成り立っているのだ。


正輝は美羽と結婚していなければ、きっと今のように色々な事に挑戦するような働き方は出来なかっただろうなと思った。


-俺は美羽さんと一緒にならなければ、今のようにそこまでは仕事に生きがいとかは感じなかったかも知れないな。

夫婦で協力しながら、アイデアを出しながら、時にはお互いに喝を入れ合いながらやって来た。

だから、夫婦生活は面白い。-


正輝はそう思った。

だけども、また自分の娘の事ととなると自分達とは全く違う。

正輝は晃に沢山伝えたいことがあったが、結局それを言ったところで説教ぽくなると思った。優しく晃に言った。


「そうか!ついに決めたのか。おめでとう。晃が結婚する日が来るなんて、父さんビックリだ。

だってミュージカルの勉強をするって、一人で航空チケットを取って住む場所もスクールも決めて、父さん達が止める隙も無いくらいに飛び出して行った子は、相当気が強くて、強過ぎて、もしかしたらミュージカルに人生を捧げるんじゃないかと思ってたからね。

ジョージ君はしっかりしている。

良い青年だ。

母さんも喜ぶぞ。

仕事の事は…晃が決めたなら良いと思う。


晃は少し考えながら言った。

「ありがとう。父さん。

仕事の事は私が決めた事なの。ジョージも分かってくれると思う。」


正輝は断言する娘を、自分に似ているなとつくづく思った。

頑固な所が自分に似過ぎていると。

普段なら注意したいところだが、正輝はその気持ちを抑えて言葉を選びながら娘に優しく言った。

「晃。夫婦になっても、時にはお互いの自分の状況や心の中を言葉にして伝え合わなければ理解し合えないこともあるからね。

相手を思いやったり、相手の幸せを願うのであれば自分が幸せでなければ誰の事も幸せには出来ないからね。」


晃はキョトンとした顔で正輝を見つめていた。

父親があまりにも真面目に話すのでビックリしてるのだ。


晃はクスッと笑いながら答えた。

「はいはーい。アドバイスありがとうございまーす。

じゃあ私そろそろ行くね。もう飛行機の時間だから。

またね!父さん。アールシュさん、ありがとう。今日のレッスンも最高だった。

ヨガをすると思考が整理されて心も体もスッキリするの。

だから、ここに来ようと思った。

それにしても、やっぱり私って脚硬いでしょ。もうちょっとストレッチ頑張らないとね。」


そう言って晃は正輝とアールシュに手を振りアメリカへと帰って行った。


正輝はそんな娘の後ろ姿を見つめながら、しっかりと何でも自分で決めて前へ進み続ける娘を頼もしいと思う反面、少し寂しいような気持ちもしていた。


アールシュは正輝の気持ちを察していた。

「正輝。晃は大丈夫だよ。

彼女はちゃんと大切なものを分かっている。彼女から、とても良いエネルギーを感じた。

晃は正輝に良く似ているね。

晃は君のように、心の眼で本当に大切なものを見定められる。

信じて待ちましょう。」

アールシュはそう言うと正輝の肩をポンっと叩いた。

「そうだ。正輝に試してもらいたい紅茶があるんだ。持ってくるね。」

と言って、アールシュは部屋を出て行った。

少しの間、正輝を一人にしてあげるために気を使ったのだ。


正輝は深く溜息をついて目を閉じた。







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