人知れずこそ

チェシャ猫亭

ひっそりと

 高校一年のとき、百人一首を覚えさせられた。

 当時のテキストは今も持っている。

 半数近くが恋の歌で、今になって濃密な内容に赤面する。

 歌合わせというものがあり、和歌でバトルする。

 有名な二首が、下記の、


 しのぶれど 色に出でにけり わが恋(こひ)は

 ものや思ふと 人の問ふまで


 こひすてふ わが名はまだき 立ちにけり

 人知れずこそ 思ひそめしか


 甲乙つけがたい出来栄えに選者も困りはてたが、臨席した天皇は、「しのぶれど」と、先の歌を口にした。それが決め手になって前者の勝に。

 私も、こちらの歌が好きだった。「しのぶれど」という言葉が、忍ぶ恋、らしくて好きだった。

 後者は出だしが、「こいすちょう」という音感の、なじみのなさもあって、ぴんとこなかった。


 今は後者の方を熱愛している。「人知れずこそ思いそめしか」が身に染みてきたのだ。


 現代語訳は、


 私が恋をしているという噂が立ってしまった。誰にも知られないよう、ひっそりと想い始めたばかりなのに。


 私たちも、そんな始まりだったね。

 誰にも知られたくなかったのに、思いがあふれてしまった。

 出会いにありがとう、思いが通じたことにありがとう。

 あなたはもういないけど、出会えたことが幸せなんだ。

 空を仰いで、私つぶやく。

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人知れずこそ チェシャ猫亭 @bianco3

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