わたくしたち令嬢の力をなめるんじゃぁないですわ!!!
Aiinegruth
第1話 つ、追放ですの!?
「セレナーデ、お前はクビだ!」
「なんですの!???」
王都中央ギルドでいつものようにクエストの準備をしていたわたくしに、パーティーリーダーのクレタはそう言いましたわ! とても信じられないことですの。公爵家の娘のみを集めた最強令嬢パーティーから、このわたくしが!??
パーティーは四名の令嬢、王都の水産業の一割の水揚げを誇る一本釣り令嬢のエマと、農地で王国の八割を占有する二期作令嬢のシルフィオーレ、そして王都の都市構想と建設を司る棟梁令嬢のクレタ、加えて王都のペペロンチーノ作りを一手に担うパスタ令嬢のわたくしがいましたわ! どれも王都には欠かせない存在! わたくしセレナーデを一人だけクビだなんて!
「何でですの! 理由を聞かせて下さいまし!」
「お前も分かっているはず、お前のところのパスタ、最近味が落ちている」
「なっ……?」
「パスタは魔力の根源。それを美味しく作れないようでは、パスタ令嬢失格だ。修行して、出直してこい」
「くっ、あ、あとで泣いて謝っても知らないですわ!」
クレタに図星を突かれて、わたくしはギルド会館から逃げ去ることしかできませんでしたの。新しさがない。わたくしのパスタ作りには、最近そういった迷いが生じていましたの。完成品にしてしまえば大きくはない差異だったのですけれど、この令嬢たちにはしっかりと見破られていたようですわ。
令嬢パーティーには各家を代表するオウムが配られていて、わたくしのオウムはギルドの出先で回収されてしまいましたわ。ああ、ペペロンパロットちゃん……。必ず、元の味を取り戻して迎えに来ますわ。この涙はだし汁ですわ……。
わたくしは風のようにギルド庁舎から東へ三〇キロ離れた実家に戻りましたわ。世界四大令嬢の脚力を以てすればパスタが茹で上がるまでに辿り着くはずの家に、その倍の時間かかってしまいましたの。これも美味しくないパスタを生み出したことによる力の衰えによるもの。伸びきった麺を想像して、わたくしの心はイカ墨のように暗くなってしまいましたの。
はやくパスタを作って感覚を取り戻さなければならない。広い門を越え、扉を開き、相変わらずそれはそれは広いキッチンに入ると、愛しのパパロンチーノが床にしなびたベーコンのように転がっていましたわ。声をかけると、虚ろな目の彼はこういいましたの。
「……ニンニクしか、ないんだ」
その言葉に棚という棚を空けて確認すると、確かにないのですわ。ボロボロになったフライパンやオタマを別にして、あれだけ保管してあった麺も、唐辛子も、ほかの調味料も、全て無惨にもニンニクに変わっていましたわ……。
「お前が令嬢として戦っている間、魔王の幹部が襲撃してきたんだ……。私たちは必死に戦ったが、勝てなかった。やつらは……あらゆる食材や調味料がニンニクになる呪いをかけて、去っていった」
パパロンチーノは目からだし汁を絶え間なく流しながら語りましたわ。
「ここが起点なら、一本釣り令嬢の魚介も全部マグロのカマだけにされてしまうし、二期作令嬢の穀物も全部粟にされてしまう……。木造建築しかなくなったらあとは火でおしまいだ……。多様性が失われていく、私たちが築き上げた王都が……」
終わってしまう。神に縋るような目でわたくしをみて、パパロンチーノはいいましたわ。やめてくださいまし。わたくしは追放された身。十分なパスタもつくれないのに、ニンニクしかなくて何ができますの。ごめんなさい、パパロンチーノ。わたくしはあなたに期待されるような令嬢ではありませんの……。
はらはらとだし汁が流れるなかで、爆発的な車両音と共に、ドンドン、と玄関の扉が叩かれる音がしましたわ。誰にも会えない顔なのにもうなんですの。とはいえ出ないわけには行かないので、わたくしが扉を開けると、タバコと鍬を片手に、赤いコンバインに乗った二期作令嬢のシルフィオーレが立っていましたの。
「ないんだろ。麺と、唐辛子。さっきうちのアグリパロットから襲撃の話は聞いた。使いな。――それと、エマから魚介スープを預かって来てる。調理道具までやられてんなら、ここから五分くらいのとこに新設された公共調理室がある。誰が建てたかってのを聞くのは野暮だぜ。じゃあな」
食材の入ったカバンを押し付け、庭を時速三〇〇キロで耕し去っていく赤いコンバインを見送りながら、わたくしは膝を折りました。あぁ、みんな、わたくしのことを心配していたんですのね、二期作令嬢も、一本釣り令嬢も、そして、クレタ、あなたも……。
身体に熱とやる気が漲るのが分かりましたわ。何か新しいものを作らなければといういままでの迷い、全て麺のひと茹でに消え、沸騰するがごとき熱気が身を包みますの。わたくしがやらねば。いざ、いざいざいざ。
・・・・・・
出来立てのパスタを食べて外に出ると、雨でしたわ。尋常ならざる雰囲気。かなり遠隔まで視認できる令嬢アイをして見える彼方の王都上空の魔方陣から現れたのは、何度か戦った魔王の配下たちでしたわ。わたくしのパスタのせいで、令嬢パーティーが弱体化しているところを狙って来たんですのね。何て悪なのですわ!
と、視線を落とすと、水平の彼方から飛んでくる一閃の影が見えますの。それは、あぁ、わたくしの愛用していたトング・ステッキを咥えたパロットちゃんでしたわ。世界の危機に、ギルドも慌てているんですのね。
トングを片手に持ってわしわししながら、残りのパスタを魔法瓶に入れると、オウムを肩に乗せて叫びますわ。友情の魚介を混ぜたことで、新しいアクセントが付いた最強のパスタの味が、胸の奥にすっと落ちますの。最近できていなくて不安でしたけれど、わたくしだって伝説の令嬢の端くれ、力が戻れば、光が集いますわ!
恋のトングはちょっとピリ辛!
ペペロンパロット・メイクアップ!
伝説のスーパー令嬢パーティー戦隊、パスタイエローに見事変身したわたくしは、ふわふわふりふりのドレスのまま、魔法で呼び出した全高二〇メートルの巨大令嬢型機工兵、レイジョーン三号に乗り込み、起動レバーを思いっ切り押し込みますわ!
パァアアアスタァアアアアアッツ!!
レイジョーン三号の咆哮と共に、天を覆う雲海の一部が吹き晴れ、にんにくの香りが地を満たし、山の陰に鮮やかな虹が立ちますわ。様子を見に来たパパロンチーノも、領民たちも、みんな顔を上げましたの。王都に降りた魔王の幹部たち。この世界は、わたくしの愛する人たちは、決してこれ以上傷付けさせませんわ!
・・・・・・・
「はっはっはっ! 一本釣り令嬢も、二期作令嬢も、棟梁令嬢も、大したことはない。所詮魔力というガソリンがなければ、どんな素晴らしいつもりの脳とて動かんということよ」
わたくしが王都中央公園に戻ったとき、やはり、三人とも魔王の幹部に苦戦しておりましたわ。レイジョーン一号、二号、四号が対峙するのは、カンブーン二号、三号、四号。余ったリーダーのカンブーン一号は、大声でその三人のボードゲームの様子を煽っていますわ。
この世界に魔王と令嬢が生まれたときから続く運命のボードゲームは現在わたくしたちの三〇勝一九敗。どちらかが五〇勝した時点から向こう一〇〇年世界の覇権が譲渡される契約で、いまは前回魔王の勝利から契約期限切れの交渉期間中に当たりますわ。
言い伝えられる魔王統治の時代は規律立ち過ぎたもので、日付が変わる前に強制的に寝かせたり、子どもたちだけで無許可の遊びに行くと強制的に家に戻したり、ストレスを解消しようとして買い込んだお菓子たちを塩分過多にならない数まで消失させたり、おぞましい
「あら、お久しぶりですわね、リーダー。相手してくださるかしら」
「おぉ、パスタ令嬢か、レイジョーンにはどうやらまだ乗れるようだな。良いだろう、魔王最強幹部のこのおれが圧倒的な力でねじ伏せてやる」
わたくしのレイジョーン三号の二割増しに黒い巨大な機体に声を飛ばすと、挑発的なことばが返ってきましたわ。わたくしがまだ弱ったままだと思っているご様子。卑怯な手を使って勝利数の巻き上げを狙ったその根性、叩き直して差し上げますわ!
「な、馬鹿な、ありえない……。お前の力はないはずだ、全部ニンニクに、変えた……はず……」
「わたくしたちの友情を甘く見ましたわね、それ、『令嬢突撃』ですわ!」
「ぐぁああああああ!???」
「ほかの令嬢は劣勢ですが、あの方たちが負けるまでにわたくしはあなたを三回以上茹でられますわ。さて、ここは勝負を引き取らせていただいて、一つ、大バトルなんていかがかしら」
「……ちっ、――お前ら、」
勝負を途中で投げ出させる。それは、同じ令嬢にとっても侮辱に近いものではありましたが、パスタを食べさせる隙を作るにはこれしかなく、レイジョーンのメインモニターの通信の目配せで、それはほかの三人にも伝わったようでしたわ。
「おれたち幹部の意地を見せるぞ、いけるなッ!!」
一敗、三引き分け。このままでは魔王に合わせる顔がない。追い詰められたリーダーは、全力を挙げて叫びましたわ。直後、明滅。天空から閃く紺色の稲妻。地鳴りと土煙と轟音が晴れたあと、目を開けたわたくしたちの前には全高八〇メートルほどの、巨大な黒鋼の機兵が立っていましたわ。
「究極合体カンブーン・クソワルジャーだ! どうだ。おれたちの盤前に立てなければ、お前から申し立てたこのゲーム、不戦敗だぞ」
漆黒の巨影、クソワルジャーから飛ぶ挑発の声。たしかにレイジョーンは幹部たちの合体機体の四分の一ほどの大きさしかない。合体なんて、したことない。でも、わたくしたちには、食べたてのパスタの強い紐帯がありますわ。
モニターで、意思を伝える視線を送ると、すまし顔の一本釣り令嬢は、お調子者が本調子のようですねと薄く笑って釣竿を握りなおし、勝気な二期作令嬢は、辛さが効いたのさ、いや麺のこしかな、と鍬を指先で弄び、ドンと構えた棟梁令嬢は、小さなトンカチを口に咥えて、戻って来たな、という顔をしましたわ。
優しさに溢れそうになるゆで汁を拭い、いま、脳に響く声のまま、渾身の力で叫びますわ!!
気品縫合、フュージョン・レイジョーン!!
心を通い合わせた四人の魔力が、パロットたちの形を取って飛び立ち、交じり合い、天を覆う銀の波濤となるのが分かりますわ。わたくしたちの、甘さも、辛さも、全てが混ざり合った響き。宇宙の茫漠が降り注いだような轟音が去ったころには、わたくしたち四令嬢は同じ指令室にいましたの。
背部から四対の翼を生やし、白銀のティアラを冠した、伝説の機体、フュージョン・レイジョーン。しかし、それに乗り込んでもなお、黒鋼の敵、カンブーン・クソワルジャーは堂々と、魔法で描画されたゲームボードに向き合っていますわ。いい度胸ですの、かかっておいでなさいまし。
「来いッ、令嬢ども! どちらが真の世界の支配者か決着をつけようではないか!」
「望むところですわ! 『令嬢構え』!」
至天の二機が向き合い、手番がゆっくりと進んでいきます。
――さぁ、わたくしたちの戦いはこれからですわ!
わたくしたち令嬢の力をなめるんじゃぁないですわ!!! Aiinegruth @Aiinegruth
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