第36話 父と子のプライド

 ヘリから降りて屋上に降り立った葵は、兵士にうながされて歩き始める。リュックの中に隠れた鷹が見つからないよう、慎重に。


 国営放送の建物の中に入り、階段を下りる。

 兵士の一人が葵の後ろ側に回ったので、リュックの中身が見えていないか、ひやひやする。

 たぶんクマリが、他の人に鷹を視認させないよう錯覚させているのだろうけれど、それでも不安だから、葵は微妙に体を斜めにしながら進んだ。


 二階分降りたところで、フロア側へ進むよう兵士に小突かれた。

 葵が角を曲がると、ドラヴィ王が大きな鉄の扉の部屋へ連れて行かれるところが見えた。

 収録スタジオなのだろう。扉の上に、「ON AIR」と書かれたランプがある。


 扉の両脇で見張りをしていた兵士たちが、脇へどける。斜め後ろの兵士に小突かれ、中へ入るよううながされる。

 葵はおそるおそる鉄扉をくぐった。


 スタジオ内は思ったより狭かった。葵は慎重に室内を観察する。


 天井の高い部屋には何列か規則正しく照明がつるされている。

 正面の青いカーテンの前に、プロンプターとマイク。その前にはタイヤ付きの大型スタジオカメラが一台と、三脚に固定されたカメラが二台。


 王太子は大型カメラの前で、国王が演台へと連れて行かれるのをにやにやと見ている。


 入り口側にパソコンや音響施設を置いた一画があり、テレビ局の人間と思われる男性が二人と女性が一人いる。後ろの壁には小銃を持った兵士たちが五人。


 葵は入り口を入ったところで止まるよう言われた。アカーサが見つからないよう、できるだけ壁を背にする。


 背中で鷹が動く気配がした。

 鉤爪を使って、リュックの内側のメッシュ生地をつかみながら、上へとのぼってくる。背中の肉も一緒につかまれ、つねられたような痛みに、葵は思わず出そうになった声を押し殺す。


 入り口の扉が閉められた。重くくぐもった音がスタジオ内に響く。


「さて」


 チャトナ王太子がわざとらしく手をたたく。


「王太子に政権を譲る、と全国民に向かって宣言していただきましょうか、国王陛下」


 マイクの前に立ったドラヴィ国王と、カメラ横にいる王太子が、正面からにらみ合う。


「断る」


 背筋を伸ばした国王が、目を見開き、瞬きをせずに息子を凝視する。

 口ひげの下の唇は引き結ばれ、白いダウラ・スルワールを着た体は胸を張り、圧力に屈する気配は見えない。


「その強情が、いつまで続きますかねぇ」


 王太子が、背後の兵士の一人に合図をする。

 迷彩服姿の兵士は、小走りで王太子の横につき、小銃を構えた。

 銃口が向けられた先は、国王だ。


「もう一度言う。王太子に政権を譲る、と国営放送で宣言しろ!」


 スタジオ内に緊張が流れた。

 国王の目はむしろ眼光を増し、銃口ではなく王太子をにらみつけている。


「お前が王になって独裁政治を敷くのか。……独裁指導体制を築いたアドルフ・ヒトラーは、大統領からの指名という、あくまで合法的手段によって首相の座に就いた。あれは、彼の無力さやコンプレックスを表しているとは思わないか? その後の残虐な行動の数々も、無力さとプライドの高さをごまかすためのものだろう」


「何が言いたい」


「己のゆがんだプライドを満足させるために、国民を巻き込むな」


「黙れ!」


 王太子が腰の拳銃を抜き、まっすぐにドラヴィ王に向かって構えた。


 肩で息をしながら、親子のにらみ合いが続く。


 チャトナ王太子が突然銃を下ろし、後ろを向いた。

 そして葵に目をとめ、にやりと笑う。


 張りついた笑顔のまま、王太子がゆっくりと葵に向かって歩いてくる。銃口をこちらに向けながら。


「アオイさんでしたね、日本から来た」


 英語で話しかけてくる王太子の笑顔に、葵は恐怖を感じた。


 目の焦点がぶれている。この人は、見たいものしか見ない人だ。他人のことなど、将棋の駒くらいにしか思っていない。思い通りにならなければ、簡単に盤から放り出すだろう。


(……撃たれる!)

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