第60話 本当にいた
「ただいまー! って、誰もいないんだけど」
三日ぶりに帰ってきた我が家のドアを勢いよく開く。
やはり、自分の家が一番落ち着く。
「皆さん、おかえりなさーい。ご飯はもう用意できていますからね」
いた! 本当にいた! そして本当にご飯を用意して待っていた。
「あら、女神様じゃありませんか」
「どうしているんだ」
「フトホスさんに伝言を頼んでいたはずですよ。それにしてもこの家、なんだか少し広くなりましたか?」
「あたしが増築したのよ。いい感じでしょ」
「いい感じです。私の部屋にも秘密のお菓子保管庫を作ってほしいくらいです」
エルナもマヤも、家にミラがいることを自然と受け入れている。
二人にはフトホスからの伝言について話した覚えはないのだが。
「さあ、冷めないうちにいただきましょうか。今日はお祝いです!」
ミラに促されるがまま、俺たちは荷物を置いて各々席についた。
食卓に所狭しと並べられているのは、見たこともないほど豪華な料理たち。
参加したことは無いが、貴族の晩餐会で出される料理はこんな感じだろう。
初めて見るような食材がふんだんに使われていて、味の想像もつかない。
「「「「いただきまーす」」」」
目の前にあるグラタンのような見た目をした料理を小皿に取り分けて、一口食べてみる。
「うまい……なんだこれ」
薄すぎずしつこくもない完璧な味付けで、今までに食べたことがないくらいに美味しい。幸せだ。
こんなに美味しい料理をご馳走してくれるなんて、段々とミラが本物の女神のように見えてきた。
あまりの美味しさに、エルナは無言で次から次へと口に食べ物を詰め込んでいる。
「すごくおいしいわ! 女神様ってお料理上手なのね!」
確かに、俺もミラにそんな家庭的な一面があったとは知らなかった。
「いえ、すべて近くの料理人に無理を言ってここまで届けてもらったんです。すごーく嫌な顔をされましたが、皆さんのためなら……と頑張って交渉したんです。五万ラミーで手を打ってくれました」
目前の料理が料理人の手によるものだと知って、なんだか安心した。
それにしても五万ラミーもしたとは。お祝いとはいえ、ミラ一人にそんなに支払わせては申し訳ない。
「俺たちのためにそんなに払わせて、なんだか悪いな。俺たちが半分くらい払おうか」
「私が払うだなんて一言も言っていませんから、そんなに気に病まないでください。明朝、食器を回収しに来てもらうついでに料金を支払うことになっているので、よろしくお願いしますね」
「ん? 俺が全部払うのか?」
「え? 他に誰が払うのです?」
…………………………………………。
その場にいる全員の食事の手がぴたりと止まって、食卓にしじまが訪れる。
「んだとおおおおおおぉぉぉぉー!」
てっきりミラが既に払ってくれたものだと思っていた。
いくら何でも一人で五万ラミーは高すぎるだろう。
俺たち三人の食費半月分をゆうに超えている。それもたった一晩で。
すでに料理には手を付けてしまっているから、取り消しはできない。
「五万ラミー……十日間タダ働き……」
どうしよう、あんなにおいしかったはずなのに急に味が感じられなくなった。
「サト、過ぎてしまったことは仕方がありません。今は豪華な夕食を楽しみましょう。案ずるより団子汁ですよ!」
突然の出来事に唖然として箸が止まった俺を慰めようとしてくれているエルナ。
俺にはもう味がわからないのだが、どうすればいい。
「そうよ、いつもよりちょっとクエストを頑張ればなんとかなるわよ」
なんの屈託もない爽やかな表情でサムズアップするマヤ。
「ああ……。そうだな」
「そうですよ。面倒なことは忘れて今を楽しむことです。それが私の生き方です」
どさくさに紛れて、悪びれる風もなくそう言ったのは今回の首魁である、なんちゃって女神のミラだ。
つい先ほどまで本物の女神に見えていたこともあったが、あれは大きな間違いだった。
やはりミラはミラなのだ。
いくら気に病んでも現実は変えられない。
気を取り直して、目の前に並べられた豪華な食事に集中することにする。
まずは串にささったおいしそうな肉を食べよう。
手を伸ばして、食卓の真ん中にある平皿から一本取ってみる。
目を閉じ、舌先に意識を集中させて、右手に握った串をそっと口に運ぶ。
ところでこの串、一本で何ラミーするのだろう。全部で五万ラミーだから……。
駄目だ! 集中できない!
こうなったら何か別のことに集中して、お金のことなど忘れよう。
「それで、こんなに豪華な料理を家主に無断で注文して、ミラはこの家に何しに来たんだ?」
「そうでした。今日はサトさんが東部ソーマ国で回収してくださった神器――断割の刀を回収しに来たのです」
ミラは、俺の質問を聞いてはっと思い出したように話し始めた。
「そのついでに、マヤさんが持つ創造の杖に続く二つ目の神器の回収をお祝いしに来たんです。昨日は楽しみすぎてお昼寝もできませんでした!」
五万ラミーも費やしたお祝いはついでだとか言っているが、ミラが家に来た最大の目的は絶対にこの豪華な食事だ。
そんなことがひしひしと伝わってくるような口ぶりだった。
ところでマリナに譲ってもらったこの名刀うぐいす丸、本当の名を断割の刀というらしい。
断割という響きからして何でも切れそうな名前だ。
席を立つと、名刀うぐいす丸こと断割の刀を手に取ってそのままミラに手渡した。
「ありがとうございます、確かに回収しました。これでアレスさんにも良い報告ができます!」
宝石のように透き通った青色の瞳を糸のように細め、喜色を満面にたたえてそう言うと、ミラは断割の刀にすりすりと頬ずりする。
「それにしても、かなり綺麗な状態ですね」
「持ち主の娘がずっと手入れしていたらしいからな」
「大切に扱ってくださっていたのですね」
ぴたりと頬ずりを止めたミラは、女神のように穏やかな微笑みを浮かべた。
こうして見ると、本物の女神のように美しく見えてしまう。
そうしてミラは何かに気づいたように、両手で持った断割の刀と俺とに視線を交互に向けると、ニヤリと笑った。
「サトさんが回収した神器を私が回収する。この様子じゃ、本当の回収者は私なのかもしれませんね。ぷぷぷっ……」
まったく、見てくれだけは完璧な女神なのに。
「おもしろくない」
「――――!? サトさんったらつれないですね」
眉間にしわを寄せて、ミラは不満げに頬を膨らませる。
頬を膨らませたいのは俺のほうだ。
「まあ良いです。ところで、この世界に遺された神器は創造の杖を除いて残り十個。引き続き回収を頑張ってくださいね! 天界から応援しています」
「あたしたちもいるんだし、十個なんてあっという間に見つかるわよ!」
「このパーティでまだまだたくさん冒険できそうですね。私、楽しみです」
――残り十個。
この世界に転移してきたばかりの俺には途轍もない数に思えていたかもしれないが、今の俺はそんなこと感じない。
同じ時間なはずなのに、嫌いなことをしている時間は途方もなく長く感じられて、好きなことをしている時間はあっという間に感じられるのに似ている。
要するに俺は、今の生活が好きなのだ。
冤罪で処刑されそうになったり一国の軍の指揮を任されたりと疲れることも多いが、毎日想像もしなかったようなことに巡り合えるのはとてもワクワクする。
「サト、このお肉とってもおいしいですよ!」
「ほんとだ、やわらかくて焼き加減もばっちりだな」
「あたしもそれ食べたいわ!」
こうしてパーティメンバーにも恵まれているようだし。
なにはともあれ、俺の回収者生活はこれからもしばらく続きそうだ。
救世主になりそこなったので、神器を回収しようと思います 玉野木きおく @kuranonanari
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