第59話 名刀うぐいす丸
激戦の末に一人の死者も出さずに魔王軍を撃退することに成功した次の朝。
昨日の戦いの後、満身創痍だったエルナは、軍の人たちのありったけの回復魔法と俺たちの手厚い介抱を受けて、今朝は誰よりも早起きするほどに元気を取り戻してくれた。
「一人の死者もない魔王軍の撃退は、父上の、そして私たち国民の
マリナは大きく息を吸って続ける。
「それでは、皆さんには約束通りなんでも欲しいものを与えましょう」
今、脇息に寄り掛かったマリナの背後の床框に置かれている、鞘に収められた美しい刀。
あれは間違いなく神器だ。
その造形の見事さから神器だと見分けることも可能なのかもしれないが、あいにく俺の目はそれほど肥えていない。
そばに置かれたネームプレートに日本語でこう記してあるのだ――『名刀うぐいすまる』。
鶯丸の漢字が書けていないが、こんなの日本人以外に知っている奴はいない。あれは、ソーマ・リョータローが遺した神器に違いない。
この国のどこかにあるだろうとは考えていたが、こんなに早く見つけられるとは。
回収者として、あれを持ち帰らない手はない。
「それでは……」
恐る恐る口を開いて神器を譲ってもらえないか尋ねようとしたところで、俺の話はさえぎられた。
ちょこんと正座していたメアとミアが立ち上がったかと思えば、そのまま数歩歩いてマリナの目の前で立ちどまったのだ。
二人で浅く一礼すると、胸元から小さく折りたたんだ紙切れを取り出して広げ、読み上げ始めた。
「ねえミア。サトのお仕事ってなんだっけー」
「えっとねー、この世に放たれたまま神様に返されていない神器を集める仕事だよー」
「あー、そうだったー。今思い出したー。サトは回収者なんだったー」
「それじゃあ、このお城にあるリョータローの刀も必要なんじゃないかなー?」
「確かにそうだねー。サトにはリョータローの刀をあげたらいいんじゃないかなー?」
カンペを棒読みしながらの熱演を終えた二人は、マリナに一礼して何事もなかったかのように元の場所に戻っていった。
俺の言おうとしていたことを完璧に代弁してくれている。秀逸な脚本だ。
そういえば、戦いに連れていく代わりに神器獲得の手助けをしてくれると約束していたが、今の寸劇がそれだろうか。
「まあ、それはそれは。父上やマヤさんと違ってサトさんには抜きんでた能力がないものと思っていましたが、まさかそのような天職をお持ちでいらしたとは」
「はい、実は。そこで、その名刀うぐいすまるを譲っていただけないかと思いまして……」
「あれですか。あれは父上が遺した刀なのですが……」
マリナは後ろを振り向いておとがいに手を添えると、しばらく考えるそぶりを見せた。
さすがに親の形見を他人に手渡すのは無理があったか。
「良いでしょう。どうせ何も切れません。お手入れが面倒なだけです。父上はあれで岩をも切っていたというのに、不思議なものです」
永遠とも思われるような一瞬ののち、マリナはそう言って決意を固めた。
「本当ですか、ありがとうございます!」
案外あっさりと決断してくれた。それを授かった人にしか本来の力を発揮させられないという神器の特質のおかげだろうか。
ともあれ、メアとミアの助けも借りながら、この世界に転移してきて二つ目の神器回収を達成できたのだ。なんだか感慨深い。
「ほんとに!? やったじゃない!」
「やりましたねサト」
マリナは背後の刀を両手で大切そうに持ち上げると、そっと俺に手渡してくれた。
ずしりと重たい。この刀からは、質量以上の重たさを感じる。
「サト、私たちも頑張った」
「台本は昨日私とメアとエルナとマヤで一緒に考えた」
メアとミアが、刀を手にした俺のもとへ駆け寄ってきた。
二人とも、ようやく俺にもなついてくれたような気がする。
「にしても少し遅くないかしら。日も暮れそうだわ。何かあったんじゃないの? あたし心配なんだけど」
「そこまで心配なさらなくても、あのお二人のことです。積もる話があるのでしょう」
マリナに別れを告げた俺とマヤは、ユヅキと、何故か着いて来たメアとミアと一緒に、城門付近でエルナを待っていた。
なんでも、マリナと二人で話したいことがあるらしい。
昨日の一件もあったことだし、何より八十年ぶりの再会なのだ。無理はない。
昨日共に戦った兵士たちも見送りに来てくれている。
なんだかスターみたいな気分だ。
「お待たせしましたー!」
「よかったわ、何かあったんじゃないかって心配してたのよ」
「すみません、会話が弾んでつい長話してしまって」
「二人で何話してたんだ?」
「ふふふ、内緒ですっ」
いたずらっぽく微笑むエルナ。
斜陽に照らされたブロンドの髪が、金色に輝いて見える。
「だよな。それではユヅキさん、俺たちはこれで失礼します」
「はい、今度は是非ともゆっくりしにいらしてください。いつでもお待ちしております」
「いいわね、次は観光しましょうよ。まだ遊び足りないわ」
「それは楽しそうですね!」
昨日の疲れを一切感じさせない二人のはしゃぎ様を見ていると、俺の疲れもとんで行ってしまいそうだ。
「また遊びに来てくれる?」
メアがエルナを見上げて、寂しげに尋ねる。
「はい、またすぐに遊びに来ますよ」
「やくそく」
そう言って、ミアは小枝のように細い右手の小指をエルナのほうへ差し出した。
「はい、約束です」
エルナは自らの小指を差し出して、ミアと指切りした。
「サトとマヤも、やくそく」
ミアと同じように、俺とマヤに向かって小指を差し出すメア。
「ああ、約束だ」
「あたしも、約束するわ」
俺たちも指切りした。約束したからには遊びに来ないわけにはいかないな。
「よしっ。家に帰るか!」
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