第58話 “異端”
「陛下! 無理は禁物です!」
「何を! 私はエルナの友達なのです」
ユヅキの制止を振り切って、塁壁の外へ出て行ったのはマリナだった。
「鬱勃たる大地よ、彼の者に力を与えよ――【強化】【強化】【強化】、――【強化】!」
エルナのもとに駆け寄ったマリナが力いっぱい唱えると同時、眩い光がエルナを何重にも包み込んだ。
「……ありがとうございます……マリナ」
エルナは、ゴホゴホと血を吐きながらも、マリナに支えられてゆっくりと立ち上がる。
「絶対に……守ってみせます」
翠色の瞳に煌々とした光を宿してキリスと対峙する。
「まだやるつもりですか。まったく、手がかかりますねぇ」
「エルナー! 頑張れぇー!」「あたしたちは信じてるわよー!」「エルナさん! 負けないでください!」
エルナを鼓舞する声が、草原に響く。
「サト、マヤさんに皆さんも、ありがとうございます――【迅雷】!!」
「ふんっ、何度も同じ手を」
エルナの力強い声を聞いて、呆れた調子で言うキリス。
しかしエルナの掌から発せられた【迅雷】は、威力も速さも先ほどのものを凌駕していた。
掌からのびる幾筋もの眩い雷光が、さまざまな軌跡を描きながら、しかし目にもとまらぬ速さでキリスに直撃する。
「――ッ!」
雷光の直撃を受けて焼け焦げた地面に立つキリスは、腕にできた傷を庇いながら、痛みに顔をゆがませている。
「これは少し応えます。少々油断していました。しかし、これで終わるわけにはいきません」
姿勢を低くして強く地面を蹴ったキリスが、右手を深紅に輝かせてエルナに接近する。
「――【炎火】! ――【炎火ァッ】!」
高速で移動するキリスから発せられた二発の火球が、ものすごい速さでエルナに迫る。
「――【炎火】」
迫りくる火球に怯むことなく、エルナは唱えた。
掌から射出される火球は炎々と燃え盛り、間近の火球を二つとも散開させる。
それでもなお勢いを失わない火球は、驚きで目を見開いたキリスに衝突した。
「ぐあッ――!」
後方に大きく吹き飛び、そのまましばらく草原の上を滑走するキリス。
「いけませんねぇいけませんねぇッ! これほどまでに力を持っていたとは。もう少し早くに手を打っておくべきでした。大切な皆さんを守るだあ? なにが大切だ! 人族など屑物にも到底及ばない! 人族を守るなど言語道断ッ! まったく反吐が出そうだ!」
ふらつきながらもなんとか立ち上がると、掌についた汚れをさっと払って、キリスは声を張り上げた。
「手荒になりますが、その異端、早急に矯正してさしあげますッ! ――【業火ァッ】!!」
「――【塁壁】!!」
キリスが片手を力強く突き出して鬼の形相で唱えるとほとんど同時、エルナとマリナを瞬く間に覆う塁壁。
バチバチと音を立てて燃え滾る業火が、瞬時に大きな渦を形成して空高くへと昇っていく。
獲物を探す一匹の龍のような炎の渦はエルナたちを飲み込み、周囲を一気に炎の海に変えた。
その熱は、離れたところにいる俺たちのところへまでも伝わってくるほどだった。
何かが破裂するような轟音が、何度も何度も鳴り響く。
立ち込める煙が、視界を遮る。
炎の勢いが収まって後、二人の姿はひび一つ目当たらない翠色の塁壁の中にあった。
一面灰と化した草原で、なおも二人を囲うようにして燃え盛る炎。
「これでお終いです――【極光】!!」
両手を天に掲げたエルナがそう唱えると、上空に巨大な魔方陣が現れ、そこから無数の光の柱がキリス目掛けて驀進する。
雨のように降り注ぐ光の柱は光の槍へと姿を変え、直下のキリスに逃げる隙も与えず、めった刺しにした。
「うがあああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ――――!!」
キリスの叫声が鼓膜を震わせる。
光の雨が止んだのち、キリスはまだ生きているようだった。
あれほどの攻撃を受けても絶命することがないとは、さすが魔王軍総司令官だといったところだろうか。
全身に空いた無数の風穴から血を吹き出し、片膝をついたままぜーはーと肩で息をするキリスのもとへ、エルナが歩み寄る。
「私は私です。キリスさんなんかに変えられるようなものではありません。しかし悔しいことに、私がここまで強くなれたのは、キリスさんのおかげでもあるのです。あの日の出来事がなければ、私は今の幸せを掴めないでいたのかもしれない。弱いままでいたのかもしれない」
「それは……大きな……誤算……です。私は……王女様の……異端を……矯正しようと……した……だけなの……ですがね」
「だからキリスさん、ありがとうございます。私に強くなるきっかけを与えてくれて」
「そう……です……か。仇敵に……感謝するとは……。どこまでも……異端者らしい。私は……そろそろ……帰るとします……――【転移】」
そう唱えて、キリスは草原から姿を消した。
「エルナさん、やった……のか?」「死者は一人も出ていない」「大きな一歩を踏み出したんだ」
草原に立ち込める空気が一変した。
「「「「やったぞ――――――!!」」」」
兵士たちの間に歓声が沸き起こる。
これにて「お腹ぐうぐうおだんご大作戦」は完遂されたのだ。
緊張が解けたら、どっと疲れが押し寄せてきた。
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