最終話:私達はここにいる
あれから時は流れ、私達は二十歳になった。親の同意がなくとも結婚できる年になり、年号も平成から令和に変わった。
だけど未だに、同性同士であるというだけで彼女と結婚することは叶わない。
それでも—
「…タキシード着る気満々だったんだけどなぁ」
純黒のスレンダーラインのドレスを着た恋人が隣で呟く。
「いいじゃない。綺麗よ」
私達は、二十歳になると同時にパートナーシップを結んだ。その記念に式をあげることにした。彼女はタキシードを着たがったが、私のわがままで渋々ドレスを着てもらった。私もAラインのウェディングドレスを着て彼女の隣に並んでいる。お互い、色は白では無く黒。白いウェディングドレスには"あなたの色に染まります"という意味があるらしいが、黒も"あなた以外に染まりません"という意味があるらしい。結局のところ意味は同じなのだが、なんとなく、白よりも黒の方が決意が硬いイメージだ。それに、彼女には白よりも黒の方がよく似合う。だから私達は黒いドレスを選んだ。
「…綺麗よ。海菜」
「…二回も言わなくて良いよ」
パートナーシップを同性婚と勘違いする人は多いが、残念ながら、あれに法的な効力は無い。全く意味がないとは言わないが、結婚とは別物だということを理解してほしいし、地域が限られている。無いよりはマシというだけで、決して、それがあるから同性婚を認めなくて良いというわけでは無い。
「…いつか、法のもとで結婚が認められるようになったら、その時はタキシード着るから。…ドレスってやっぱり落ち着かない。君に褒めてもらえるのは嬉しいけど」
「ふふ。そうね。…いつか必ず、本当の結婚式をあげましょう。この国で」
「…うん」
今日の式は、正確には結婚式では無い。だけど、神の前で私達は誓う。
「病めるときも、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、お互いを愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
「「誓います」」
「では、誓いのキスを」
お互いにヴェールを上げて、唇を重ねて誓いを閉じ込める。
祝福の拍手が巻き起こった。
「…ご紹介に与りました、星野望です」
友人代表として、星野くんが前に立ってスピーチをする。彼が名乗ると会場が僅かにざわついた。
『えっ、待って、本物?』
『誰?知り合い?』
『星野流美の弟だよ。声優の』
『あ…えっ…俳優の?マジで?』
『…俺あの人この間舞台挨拶で見たわ』
彼はとある舞台のオーディションに受かり、それをきっかけにデビューし、現在は舞台を中心に活躍する俳優としてじわじわと売れてきている最中だ。一部では姉のコネだとか言われているが、そう言う人達は多分、彼の演技を見たことが無いのだろう。この間彼が主演の舞台を見に行ったが、圧倒的な演技力だった。
「…高校生を卒業する少し前に新婦…鈴木さんから『いつか私達が結婚式をあげる日が来たら、友人代表としてスピーチをお願いしたい』と言われていました…今こうして約束を果たせたことを嬉しく思います」
うんうんと海菜は嬉しそうに頷く。星野くんは嬉しそうな彼女を見て、ふっと笑って続けた。
「しかし、今日の式は仮の式です。本当の結婚式ではありません」
「…うん?」
「ですから…いつかまた、二人が本当の意味で結婚出来る日が来るまで、お祝いの言葉は取っておこうと思います」
「えっ」
「…というわけで、今日のところは、軽い挨拶だけで失礼させていただきます。以上でスピーチを終わります」
マイクから一歩下り一礼する星野くん。本当にこれでスピーチを終わるらしい。会場がざわつく。
「えぇ!?普通に祝ってよ!」
海菜からツッコミが入り、会場が笑いに包まれる。星野くんはくすくすと悪戯っぽく笑いながら、私に「小桜さん、うちの王子のこと、改めてよろしくお願いします」と頭を下げてから席に戻って行った。
「あいつ…さては二回分のスピーチ考えるのめんどくさくなったな…」
「いいじゃない。今日はリハーサルみたいなものなんだから」
「本番で適当なスピーチしたら許さんからなぁ!望!」
本当の結婚式をあげられる日はいつになるのか。そんな不安が無いわけではない。だけど、パートナーシップ制度を導入する自治体も少しずつ増え、同性同士で式を挙げられる式場も増え、この国は少しずつ代わり始めていると思う。希望を捨てたくはない。
「じゃあ、投げるわね」
「百合香がブーケ投げたら私もブロッコリー投げるからねー」
式の最後に、私がブーケトスをして、彼女がブロッコリートスをして、二人分の幸せをゲストに分け与える。
ブーケをキャッチしたのは実さん。ブロッコリーをキャッチしたのは夏美ちゃんだった。ちなみに、普通はブーケトスは未婚女性のみ、ブロッコリートスは未婚男性のみが参加するのだが、海菜の意向で既婚未婚関係なく希望者は全員参加となった。
「…満。あげる」
「えー。私、ブロッコリーが良かった。ブーケなんて貰っても食えないじゃん」
「うるさいわね。黙って受け取りなさいよ馬鹿」
「へーい。もらっときまーす」
実さんは満ちゃんにブーケを押し付け、夏美ちゃんは森くんに「後でなんか美味いもん作ってね」とブロッコリーを渡す。
満ちゃんはなんだかんだ言いながら幸せそうだ。
「さて、お次はガーターベルトトスを…」
ドレスの裾をめくろうとする彼女の頭を引っ叩く。冗談だとわかっているが、冗談がすぎる。
「それはやらないって言ったでしょう」
「えー…二次会でならやっていい?」
「絶対嫌」
「百合香が私のガーターベルト取ってくれてもいいけど」
「やりません」
こうして、式を挙げて身近な友人達に祝福をされても、私達は同性同士であるが故に、方の元では夫婦—もとい、
家族同然のような存在であっても、家族でないことを理由に病院での面会を断られ、愛する人の死に目に会えなかった人の話も聞いた。
愛する人との結婚を諦め、異性愛者を装ってひっそりと生きる人の話も聞いた。
必死に声を上げる私達に対して「お前達のせいで、LGBTはめんどくさい奴らだと思われる。余計なことをしないでくれ」と暴言をぶつけて来た当事者もいた。その中には、今は私達と一緒に声をあげてくれる人もいるが、どうせ変わらないと諦めて黙り込んでしまっている人も少なくはないだろう。
私達は彼らを苦しめたいわけでも無いし、責める気もない。一緒に声を上げろと強制することもしない。黙って、周りに合わせていた方が楽なのは痛いほどわかるから。
未だに差別的なニュースを見て絶望する日もあるし「嫌なら同性婚が認められている国へ移住すれば良い」なんてこと心無いことを言われたこともあったし、実際にそうして海外に移住した
声をあげなきゃ変わらないと言っても、訴えたって何も変わらないと諦めたくなる気持ちは、私たちにもよく分かる。
それでも—
「…百合香」
「ん?何?」
「…これからも末長くよろしくね」
「…えぇ。こちらこそ」
「…うん」
「…ふふ。…前にもこんなやりとりしたね」
「…あなたと初めて初詣に行った日だったかしら」
「そうそう。よく覚えてるね」
私達は法の元では家族になれない。そんな事実が過去のことになる日を夢見て、私はこれからも「私達はあなた達と同じ国で生きる一人の人間だ。あなた達の権利を侵害する気はない。ただ、同等の権利が欲しいだけなのだ」と国に訴えることをやめたくはない。
私達の戦いはいつ終わるか分からない。それでも私は、これからも戦い続けたい。愛しい未来の妻とともに。
いつか彼女とこの国で
同じ夢を見て共に戦っていたが、夢叶わないまま亡くなっていった名もなき先輩達に報いるために。
そして、この先生まれてくるであろう後輩達が、自分がマイノリティとして生まれたことに絶望しないために。
私達の未来のために。いつか私達が、本当の意味でなんでもない普通の人間になれるその日まで。
私達はここにいる 三郎 @sabu_saburou
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