第67話:私の願いはただ一つ
翌朝。一旦家に帰り、着替えて海菜の待つ駅へ向かう。相変わらず背が高くて目立つ、モノトーンコーデの彼女に声をかけると、おはようと笑った。
「改めて、あけましておめでとう」
「ふふ。おめでとう」
「ん」
手袋を外して手を差し出すと、彼女も手袋を外して握りしめ、コートのポケットにしまう。
「寒そうだねぇ。髪」
「寒い」
「ふふ。学校行ったらみんなびっくりするだろうね。『えっ!王子と何かあった!?』って」
「…それ、お父さんにも言われた」
「あははっ!そうなんだ」
「今時失恋で髪切る人なんて——ごめんなさい、目の前に居たわね」
「あはは…。古い考えって言われるかもしれないけど、案外居るもんだよ。私の友達も最近失恋して髪切ったし」
「そうなの」
「うん」
他愛もない話をしながら、鳥居の前で一礼し、神宮へ入る。参道の真ん中を堂々と歩いていると「真ん中は神様の通り道だからこっちおいで」と、ぐいっと彼女に腰を引き寄せられた。私は今まであまり参拝する機会がなかったから、そういったマナーには疎い。
「神社はよく来るの?」
「初詣は毎年行ってるよ。君はあんまり行かないの?」
「そうね…幼少期以来かも」
「そんなに?神様寂しがってるよ」
「…これからは毎年行くことになりそうね」
「…ふふ。来年も一緒に来ようね」
「気が早いわね。ふふ」
彼女に習って手を清め、五円玉を賽銭箱に投げ入れて鐘を鳴らし、手を合わせて口に出さずに願う。
(いつか、この国で彼女と家族になれますように)
私達は同性同士。私達の周りには、そのことをとやかく言う人は少ないけれど、この国にはまだまだ強い偏見が根付いている。何気なくSNSを見ていると、匿名の人間による心無い差別を目の当たりにすることも少なくはない。有名人が差別的な発言で炎上することもしばしば。同性婚やセクシャルマイノリティに関するネットニュースのコメント欄は地獄だ。
そういうものはなるべく見ないようにしているが、かと言って差別から目を背けるわけにもいかない。黙ったって現状は変わらない。むしろ酷くなるだけだ。
一番辛いのは、戦うこと諦めてマジョリティとして生きることを決めた当事者から差別をされることだ。「声を上げたって今以上に差別されるだけ。私は大人しく暮らしたい」と、レズビアンの女性がSNSで呟いているのを見かけた。その人が本当にレズビアンなのかは分からない。当事者を装った悪意のある人間なのかもしれない。匿名だから分からないけれど、海菜は実際、中学生の頃に同じ当事者から「隠して生きた方が楽なのに馬鹿みたい」と言われたらしい。昔の私ならきっと、同じことを思っていた。
私は、そんな人間をこれ以上増やさないためにも、彼女と共に差別に抗い続けたい。
例え誰になんと言われようとも。嫌なら出て行けと言われようとも。生まれ育ったこの国で私は、いつか彼女と家族になりたい。この願いをただの夢で終わらせたくはない。
(訴える先は
「…随分と長いことお願いしてたね」
「…言わないわよ。言ったら叶わなくなってしまうってよく言うから」
「…言わなくともなんとなく分かるよ。私も多分、君と同じような願い事をした」
「そう」
「…うん。本当は、訴える先は神様じゃなくて人間なんだけどね。…でも、こうやって祈り続けたら何かしら力を貸してくれるかもしれない。例えば、援軍を送り込んでくれるとか」
「…援軍…ね。ふふ。あなたらしい表現ね」
「そうかな」
彼女と出会って、私の人生は大きく変わった。母の敷いた未来へ繋がるレールから外れて、自分でレールを敷き始めた。この先に続く道がどこに繋がっているかなんて想像がつかないし、母が敷いてくれた道よりも遥かに険しい道かもしれない。だけど—
「ねぇ、海菜」
「ん?なぁに?」
私は彼女が好きだ。大好きだ。彼女と居られるならどんな困難だって乗り越えてみせると言えてしまうほどに。どんな困難よりも、彼女と離れてしまう方が辛いと思ってしまうほどに。
この先も、彼女と共に未来を歩みたいと望まずにはいられないほどに。
「…これからもよろしくね。海菜」
「…うん。末長く、よろしくね」
「えぇ。…末長く」
きっと、大丈夫だ。私には—私達には頼もしい味方が沢山居るから。私達は決して一人じゃない。
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