第66話:あなたのおかげ
大晦日。
「うわっ!百合香、ばっさり切ったなぁ…」
「どうして急にそんな…えっ…まさか…海菜ちゃんと何かあった…?」
「年が変わるから心機一転しようと思って。前々からショートにしたかったの。それだけよ」
ベリーショートになった私の髪を見て驚く父と兄。急にばっさりと切ったことで失恋したのかと父に心配されてしまったが、別にそんなことはない。彼女との仲は相変わらず。切った日に自撮り写真を送ったら『宇宙一可愛い』『最高』『似合ってる』『エロい』と、これでもかというほど褒めてくれた。"エロい"は褒め言葉として受け取っていいのか微妙だが。
母は切る前はそわそわしていたが、切って返ってくると褒めてくれた。『でもやっぱり私は長い方が好き』という一言で締め括られてしまったものの『似合わない』とは言われなかった。
「…ところで優人さん、私も髪切って染めたのだけど」
「…はっ!ご、ごめん!気づかなかった!」
拗ねる母。父の前だと母は乙女みたいだ。兄は二人の新婚夫婦のようなラブラブっぷりに呆れているが、私は素敵だと思う。母はなんだかんだで昔から父のことを悪く言わなかった。一度も。父もきっとそうなのだろう。毎年毎年律儀に薔薇の花束を贈るくらいなのだから。
それにしても、そんな、母に対して気遣いばかりしている父が母の髪の変化に気づかないとは思わなかった。よほど私のインパクトが強かったのか。
「…なんか不思議だね。こうやって4人で大晦日を過ごすなんて、二度と無いと思ってたのに」
「…そうだね。僕も無いと思ってた」
「ヨウクンモイルヨー!」
「あぁ、ごめんごめん。ヨウくんも入れて、4人と一羽だね」
鳥籠の中でうんうんと大きく頷くヨウムのヨウくん。それを見て母は苦笑いする。
「…いつ見ても不気味ね」
「えー可愛くない?」
「…人間が操ってるとしか思えないのよ」
「ヨウクンコワクナイヨー」
母の気持ちはわからなくはない。ヨウくんと会話をしているとたまに、どこかにスピーカーがあるのではないかと疑いたくなる。
「ところで、どうしてヨウムなの?」
「知り合いから雛の頃に譲り受けたんだ。生まれたから見に行ったら葵が気に入っちゃって」
「何年くらい飼ってるの?」
「もう10年くらい」
「そんなに?…意外と歳いってるのねあなた…」
「ちなみに、ヨウムの平均寿命は50年らしいよ」
「ごじゅ…!?」
「ヨウクンナガイキ!」
「60年以上生きることもあるみたいだから、下手したら僕らの方が先に死んじゃうかもしれないね」
と、父が苦笑いする。ヨウくんが仮に60年生きたとすると、今がちょうど10歳頃だから50年後。父も母も90を超えている。確かに生きているかどうか怪しい。私でも66歳だ。孫がいてもおかしくない年だ。下手するとひ孫がいるかもしれない。まぁ、私にはそもそも、子供すらいないかもしれないが。
夜9時過ぎ。
「屋根裏部屋でごめんね」
「ううん。秘密基地みたいでむしろわくわくする」
屋根裏部屋で寝泊まりするなんて初めてだ。うちはマンションだからこんなスペースはない。小さいが、テレビまで付いている。
「0時ごろに年越し蕎麦作るから、また様子見に来るね」
「えぇ。多分寝てると思うけど」
「寝てたらそのままにしておく」
「うん」
「じゃあ、また後で」
「またね」
父が降りて行ったところで、テレビをつけて歌番組にチャンネルを合わせて海菜に電話をかける。待っていたかのように、すぐに応答した。
「待ってた」
「お待たせ。何してた?」
「テレビ見てた」
「そう」
「うん。百合香は?」
「私も今、屋根裏部屋でテレビ見てる」
「屋根裏部屋?あぁ、お義父さんの家に居るんだっけ」
「そう。すっごい狭くて落ち着く」
「あははっ。分かる。そこでプラネタリウム映すと最高だよ」
「あー…良いわねそれ。やりたい」
「今度うちでやろうか。うちにプラネタリウムあるから」
「じゃあ、明日」
「うん。明日ね」
「うん。…海菜、顔見たい」
「ん。はーい」
テレビ通話に切り替え、テレビの横にスマホを立てる。スマホの中の彼女が笑って手を振った。手を振り返す。
「なんか、まだ見慣れないなぁ」
「そのうち慣れるわ。私は気に入った。洗うのも乾かすのも楽だし。最初はちょっと切りすぎたかなと思ったけど」
「私より短くなっちゃったもんね。びっくりした」
「どうせ伸びるからと思って。でもちょっと時期間違えたかも。寒い」
「また伸ばす?」
「ううん。しばらくはショートボブくらいをキープする」
「ショートボブか。いいね。絶対可愛いよ」
「…あなたは着ぐるみ着ても可愛いって言うでしょう」
「あははっ。だって、存在が可愛いんだもの」
「何よそれ…もう」
いわゆる男の子の物が好きだった幼少期。その好みは今も変わらないが、女の子の物を毛嫌いしていたあの頃とは違って、今はスカートも"可愛い"もピンクやパステルカラーも、心から好きだと言える。それらを女の子の物だとは思わなくなったから。女の子だからそういうものが好きなのではなく私だからそういうものが好きなのだと自信を持てるようになった。海菜のおかげだ。
「百合香、起きてる?お蕎麦どうする?」
下から父の声が聞こえてきた。時刻は午後11時50分。
「食べる。年が明けたら降りて行く」
「はーい。じゃあ蕎麦はゆでないで待ってるね」
「うん。…海菜、もうすぐ年が明けるわね」
「そうだね。お蕎麦食べに行かなくて良いの?」
「…うん。越してから食べる」
「…私の顔見ながら年越したいから?」
「そうよ。悪い?」
「あははっ。私も同じ気持ちだよ。年が明けて最初に見る顔が君の顔だったら嬉しい」
「…だと思ったから居てあげるのよ」
「ふふ。ありがとう」
やがて、テレビの中でカウントダウンが始まる。
『5・4・3・2・1…』
0のタイミングで「今年もよろしくおねがいします」と、スマホの中の彼女と声が重なった。どちらからともなく笑い合う。
年が明けて最初に見た顔は彼女の笑顔だった。
「じゃあ海菜、私は年越し蕎麦食べてくるわね」
「年越しちゃった蕎麦だね。私もうどん食べてこよっと。またね。百合香」
「またね」
恋人と年明けを迎え、家族と蕎麦を食べ、私の新年が始まった。彼女と出会わなかったらきっと、父と兄とは今まで通り、戸籍だけの家族でしかなかった。ここで一緒に年越し蕎麦を食べることはなかっただろう。彼女と知り合って、私の人生は大きく変わった。これから辛いことも多くなるかもしれないけれど、私はこれからも彼女と共に未来を歩みたい。
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