ホットチョコとクロワッサンと、キャラクター作成の一日

 チョコレートドリンクとクロワッサン、それからキャラクター作成の日

 大事な日の朝食は、ホットチョコレートとクロワッサンと相場が決まっている。

 デパ地下のちょっとお高いパン屋さんで買ってきたクロワッサンと、ほかほかのチョコレートドリンクだ。これが並んでいるだけで朝の食卓はもう優勝したと言ってもいい。何の勝負にかは分からないがこれはもう優勝だろう。間違いない。

 そんなことを思いながらも、朝日を受けてぴかぴか輝いて見える朝食に私はそっと手を合わせた。頂きます。心の中で挨拶をして、まずはマグカップを手に取る。

 勝負飯だからカップだってお気に入りだ。ずしりと重たい、真っ白なミルクガラスはレトロなお花模様で縁取られている。これは奮発して購入したヴィンテージで、まぁ実はヒロくんの趣味なんだけど、たまに私が使う分には彼は目を瞑ってくれている。優しい。

 そんな白い重たいガラスの中身をそっと口に運ぶ。まず鼻腔に飛び込むのは濃厚なカカオの香り、口に含むとそれに加えて苦みと甘さの混じり合うチョコレートの風味。ややもするとくどくなりがちな後味を微かなミントの風味が整えてくれるので、存外に爽やかだ。口の中に残る香りをじっくりと味わいつつ、私は今日の予定を思い浮かべる。

(11時集合して、お昼食べながら雑談して、あとはゆっくり夕方までキャラクター作成か。こんなに腰を据えてやるのは久々だわ)

 オフラインでのセッションがメインである私の卓仲間はどうしたって範囲が狭く、何というか、互いについての慣れがあるので、「キャラクター作成にまるまる一日かける」というのは滅多に無い。

 今回は長くなりそうなキャンペーンの開始にあたって、あらかじめキャラクター同士の設定をすり合わせたり、パーティ内の役割を調整したり、そもそもあんまり馴染みのないシステムだというメンバーも居るのでデータ面での説明をしたり。長いキャンペーンだから、どういう方向性で成長させていくか、のプランも用意しないといけない。

 そういったことを踏まえて、まるごと一日を「作成日」として当てることになったのだ。

(キャラの設定は確かダイス振って決めるんだっけ、そこはあんま細かく考えてこなくていいって言ってたわね)

 トーストで軽く温めたクロワッサンは、サク、と歯の上で小気味の良い音を立てる。たっぷりのバターが練り込まれた生地は薄く、しかししっかりとした歯触りで、口に入れた瞬間から楽しい。

 次に五感に伝わってくるのはバターの効いた生地の甘み。うーん、と思わず声が漏れた。美味しい。さすがデパ地下パン屋のちょっとお高めクロワッサン。食べ終えてしまうのが勿体ない。

 こうやって朝食にとびきりの贅沢を詰め込むのは、今日一日に気合を入れるための儀式でもある。

(キャラ作成にまる一日割くなんて、本当に贅沢な話)

 社会人になり、家庭持ちも増えてくれば、土日の予定を調整することの難易度はどんなゲームよりも高い。それでも何とか時間を調整し、顔を合わせ、細切れの時間であっても私たちはTRPGを遊ぶのだ。だって好きだから。

 そんな中で準備だけに一日を用意するのは、それから続く物語──キャンペーンへの期待の表れでもあり。

 大事な一日の出だしとして、とびきりの朝食を用意するのと、それは似ているのかもしれない。

 さくりとクロワッサンの最後のひとかけを口に放り込み、指先についたパンくずを舐めて取る。お行儀が悪いけど誰も見てないし平気平気。最後の一口までしっかりとバターと小麦の香ばしさを堪能し、マグカップの中のホットチョコレートで追いかける。口の中で小麦とバターとカカオが入り混じり、私はじっと瞼を閉じた。美味しいなぁ、というシンプルな幸福に満たされて、口元が緩む。

 最後に全てをミントの爽やかさが〆てくれるのまで味わうと、ほう、と自然に吐息が漏れた。

(ああ…美味しかったぁ)

 しみじみと余韻に浸ることしばし。はたと我に返って私は壁にかけた時計を見上げ、

「あああっ」

 慌てて立ち上がった。11時集合ってことは、もう大急ぎで準備しないと間に合わないじゃないか。

 食器は、今日はお昼頃に起きて来るであろう──夜勤だったので早朝に帰宅したのだ──ヒロくんが片付けてくれるだろう。多分。ごめんね。内心で手を合わせながら私はソファに置いたトートバッグの中身を確認し、鏡を覗いて化粧を軽く直し、忘れ物がないことを祈りながら飛び出すことになった。

 大事な大事なキャンペーンの開始に、遅刻なんてつまんないケチをつけたら大変だ。折角、これだけ気合を入れてキャンペーンを始めるんだもの。とびきりの優雅な朝食で素敵な一日に向けて気合を入れるのと同じように。贅沢にたっぷり時間を使って、しっかりキャラクターを作る一日なのだから。




「えええええ…あんだけ買ったの自慢してたのに、『ターシャの万能釜』忘れてきたのりりちゃん…アーティフィサーやりたいとか言ってたのに…」

「まぁ今日は基本ルルブあったんなら充分じゃん、始めようぜ」

「うー、ごめんなさい…気合入れて買ったのに…」

「また次回ですね先輩。今日は私の貸してあげます」

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セッション反省飯 夜狐 @yacozen

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