船頭の多いセッションと、チャイプリンあるいはアレキサンダー
──失敗した。
と私が思ったのは、店主がカウンターに出してくれた2品を見たその瞬間だった。ひとつは可愛らしいカクテルグラスにとろりと揺蕩う、シェイカーから注がれたばかりの優しいブラウンの液体。もう一つはこちらも可愛らしいココットに入った、こちらもよく似た淡褐色の、ぷるぷるとした個体。てっぺんにミントの葉っぱが添えられているのがアクセントになっている。
店内の柔らかい間接照明の明かりの中で、その二つはよく似た色合いに見えていた。
(うーん、めちゃくちゃ被ってるなぁ)
カクテルの方はアレキサンダー。
2軒目で飲むときは私は大抵、口当たりの良いカクテルを嗜むことが多い。
ココットに盛りつけられているのは、こちらはプリン。それもこのお店自慢の、チャイ風味のプリン。
2軒目に行くときは大抵もうお腹いっぱいだもの。デザートをついつい頼んじゃうこともある。
(色も被ってるし、甘いものっていうとこも被ってるし、……デザートを食べるか、カクテル飲むか、どっちかにしときゃよかった……)
がっくりと肩が落ちてしまった。でもなぁ。お店に顔出した途端に「あ、琴原さん、この間食べ損ねたチャイプリンありますよ?」とか言われちゃったからなぁ。頼まないのも悪いし。
色々な思考を巡らせながらも、私はカクテルグラスに口を付ける。舌に触れるのは、少し重たいクレーム・ド・カカオと生クリームの甘さ。けれども奥に潜むブランデーの香りがそれをくどく感じさせない。咽喉を落ちていくのは、ふわりと甘く、しかし確かに感じられるアルコールの熱さ。
ふぅ、と吐息を漏らす。ああ。美味しい。
次いで、私は小さなスプーンを手に取った。可愛らしい猫のデザイン、柄の部分には猫の尻尾が絡まっているような意匠だ。それを手に、チャイプリンの表面を突く。弾力があって、少し固めだ。
ひとすくいを口に放ると、途端、今度は口の中をシナモンの香りと、そこに混ざる紅茶の香りが支配した。
思わずぎゅっと瞼を閉じて、舌に触れる味と香りを堪能する。
(美味しいー!)
前に来た時に品切れでしょんぼりしてたんだけど。やっぱりこのお店のチャイプリンは絶品だ。シナモンと紅茶のバランスも絶妙。どちらかというとシナモンが強めで、紅茶は主張し過ぎないくらいなんだけど、私としてはそこがいい。
二口目まで堪能してから、私は飲み物を見遣る。
主張が強い。これにアレキサンダーを合わせるのは双方の主張が強い。大人しくコーヒーでも頼むべきだったか。この店、コーヒーも美味しいし。
(うぅ。今日のセッション思い出しちゃったわ)
スプーンをくわえて、私は眉根にぐっと皺を寄せてしまった。
本日のセッション。私にとっては慣れたシステムなんだけど、あまりTRPG をメインでは遊ばない友人が同卓だった。世界観やシステムがざっくりと説明されたサマリーを用意し、今回のシナリオには充分なようにとルールブックから地図や一部NPCの画像なんかもコピーして準備して、我ながら万端整えて挑んだセッションだったと思う。あ、ちなみにGMが私でした。
(……いつもの面子に甘えてたのが敗因ね)
そうなのだ。
彼女以外は、卓はいつもの面子で固めていた。不慣れなメンバーが居るから助けてね、ということも事前に周知しておいた。何しろ、データ勘が弱くてエネミーデータを読み込むのにいつも時間のかかる私に、「GM、ちゃんと《永劫の刹那》使った?」とか「GM、そこ数字間違ってるよ」とか何かと助けの手を差し伸べてくれる、頼れる面子なのだ。
──が、今日の場合はそれが見事に裏目に出た。
キャラを作ろうとして「この世界って、文化水準どんな感じですかね?」と世界観がまだつかみ切れていない彼女が質問をすれば、全員が一斉に口を開くし。
「この特技って……」とサンプルキャラの特技について確認しようとすればまた、全員が一斉に口を開く。
私が説明しようとする暇も与えて貰えなかった。全員が全員、それもまぁまぁ好き勝手な方向で説明を始める。システムになじみがないんだから類似の別システムを例示しても伝わらないでしょうに。あと彼女は特撮見てないんだから特撮で例え話をするな。
逐一口を開く面々を何とか黙らせて、ようやく私が説明しようとすればまた横から駄目だしが入るし……。
(ええい、説明するのも順序があるでしょ!)
基本のルールをまだ説明している段階なのに、例外処理の話をし始めるメンバーもいるものだから場がどうにも混乱しがちだった。
(うん、まぁ、私が頼りないっていうのは分かるわよ、それに『助けてね』って伝えたのも私! それも認めるけどさ!)
ぱくりと、苛立ち紛れにもう一口チャイプリンを口へ。カラメルが滲み出て来て、仄かな苦味と甘みが新しいアクセントになる。じんわりと口の中に広がるシナモンの香りは、私のそんな苛々も宥めてくれるようだ。一旦息を吐きだして手を止め、私は虚空を見上げた。
間接照明に包まれた店内は仄かに黄色みがかった暖かい色をしている。あちこちの壁に飾られた海の写真は、店主の趣味だと聞いた。それを眺めるとなしに目を遣りつつ、インターバルを置いて──つまり口の中の甘みをある程度落ち着かせてから──アレキサンダーに口を付ける。
(うーん、美味しいんだけど、甘いものに甘いものだとちょっとだけクドいかも?)
組み合わせが悪かったかなぁ。
しみじみそんなことを考えつつ、カクテルグラスをそっとカウンターに置いたところで、スマホの通知が点滅していることに気が付いた。画面を開く。
今日遊んだ友人──TRPGがメインではない方の友人からだった。帰り際、「今日なんかその……ごめんね……」と小さく言ったら曖昧に笑うだけで特にフォローも何も無かったので、うん。彼女も今日のセッション、思うところはきっとあったのに違いない。
(たまにしかTRPGやらない友人なんだし、嫌な気分はさせたくなかったなぁ)
しょんぼりしながら見たメッセージはと言えば。
<今日はありがとね。色々煩くてびっくりしたわ>
(いやホントそれはごめん。きつく言っとく)
内心で本日の他の同卓面子を思い浮かべつつ、続きを読む。
<で、良かったら今度、ボドゲやらない? 積んでる奴を消化したくって、面子探してるの>
ちなみに彼女はいわゆる「重ゲー」を好むタイプのボードゲーマーだ。下手するとプレイに半日近くかかるような、TRPGのセッションにも負けず劣らずの時間を費やすものをよく遊んでいる。インスト(プレイ開始前の説明のことだ)も時間がかかるんだよなぁ、と思っていると、追加のメッセージが届いた。
<今日の面子も良かったら。私がインストするから>
思わず苦笑いが漏れてしまった。本日の、解説の主導権をGMの私が取れずに喧喧囂囂してしまったセッションに対して、彼女がどう感じたのやら、そのメッセージから滲んでいる気がしたのは、私の考え過ぎではないだろう。
(インストも、主導してる人に横から口を挟むのは厳禁──なんて、よく聞くわよねぇ)
船頭多くして船山に上る。
そんな言葉が脳裏を過る。今日のセッションは、船頭であるべきGMの私が、普段から周囲に頼りまくっていた結果の産物なのだろう。少しは自力で裁定する努力もしないとなぁ、等と反省しながら、私はメニュー表に目を落とす。
(……。コーヒー頼もうかな)
甘いスイーツには、やっぱり少し、苦いものかさっぱりしたものを合わせたい。
役割が被ってしまったカクテルとスイーツを見て、もう一度苦笑が漏れた。
(どっちをメインにするか、決めてから頼むべきだったわね)
反省したら、せいぜい次に活かすだけだ。2軒目のメニューも、今日のセッションも。
私はスマホを伏せると顔をあげて、店主を呼ぶべく小さく手を挙げた。
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