1728年 名士の海賊史
第5話 “小説”は“現実”より奇なり
劇作家ジョン・チルトは、海賊の物語でノンフィクション
そのネタ探しとして、海賊黄金期の後に台頭した海賊ハンターにして、貿易商人。ヴンドニア王国では臨時傀儡世界海戦参謀を担ったセシール・シーガングという名士の豪邸を訪れた。
敷地の外から見る豪邸は大きく、庭師の手入れしている庭園を抜けると、さらに巨大だと実感させられた。
ジョンは、執事の案内を受け、客間へと通された。
「この度、私のような者との謁見の時間を設けていただき、ありがとうございます。セシール・シーガング
そして、世界中の骨董品の飾られた客間にて、その女性と謁見。
国王から与えられる名誉称号の“女傑騎士”を持つ壮年の女性は、薄い革でできた藍色の古い型の海軍コートを着こみ、ロイヤルシンダー材の高級椅子に座っていた。
「いえいえ。私もあなたの作品のファンで一度会ってみたかったの」
モノクロを目にかけた小柄な女性は、実年齢が推量れないほど若々しかったが、目は海上の強い太陽の影響を受けて濁っていた。
「特に『神罰の代行者』が好き」
座るように促されたジョンは、気恥ずかしそうに頭の後ろを掻きながら椅子へとついた。
「ははは。ありがとうございます。あの作品は、実はあまり評判が良くないんですよ。“残酷”で“非人道的”だそうです」
「そうなの? 変な話ね。ヴンドニア人が自分の屋敷以外でやる事を書き留めただけの日記のような現実味があるのに」
“やれやれ”と言いたげに肩をすくめるジョンソン
「人々は、現実に沿いつつも夢のある作品がお望みのようで、ですが、私もその潮流に乗って、海賊の伝記を書こうと思い立ちましてね」
作家の提案に、元船乗りの名士は興味を惹かれたように真剣な目を見せた。
「海賊。今じゃ騎士よりも人気があるものね。でも、海賊艦隊のカイン、海賊共和国の創始者ロンバルト、掘り尽くされてない題材はあるかしら?」
名士の流行への敏感さに驚きつつ、作家は自信を持って自らの胸を張る。
「“狡猾なサシャ”について書こうかと思います。女海賊にして、海賊船ウツボ号の船長。彼女が題材に適してるのは——」
名士は、目を細めて作家の話を遮った。
「死んだのがはっきりしてる点ね。17年にカイン海賊艦隊とヴンドニア王国海軍の海戦に参加して、ウツボ号ごと海の藻屑。降伏した海賊仲間と海軍の公文書にもそう記されている」
怒ったように眉間にシワがよる名士に対し、作家は
「は、はい。確かにそうですが……。
彼女は捕まって処刑されておらず、船は火薬への誘爆で吹き飛んでいるので死体も見つかっていない。さらに彼女はその海戦に参加する直前、財宝をどこかに隠したという噂がありますので………少し誇張すれば大衆ウケが期待できるかと……」
「誇張?」と退屈そうに頬杖をついた女名士は聞き返す。
作家は、迷いを捨てて自作の売り込みにかかる。
「はい! 私が打ち出すのは女海賊サシャの生存説です。まず彼女の最後とされるレオネ島沖海戦ですが、彼女のウツボ号は、夕刻に沖合の暗礁に乗り上げ航行不能に陥ったが、彼女たちは投降を拒絶して座礁したまま戦闘を続け、最後は海軍のフリーゲート艦3隻の砲撃を受けて、夜間に突如爆発したとされています。
サシャたちはこの夜の闇に乗じて逃げたとしましょう」
「副船長の遺体は上がってる。船長が仲間を残して逃げるのは不自然だ」
名士の鋭い指摘を作家は笑って誤魔化す事にした。
「はは。そういった………都合の悪い事は書きませんよ」
ふんと鼻を鳴らした名士は、椅子に深く座り直すと、自身のこめかみを指で叩いた。
「そうか……私は君の嘘にどう付き合えばいいのかな?」
作家はここにきた真の目的を口にした。
「お聞きしたいのは、ここからです。当時の新世界海域で、サシャが財宝を独り占めしたとして、その後どうすれば身を隠す事ができたでしょうか?」
「私は彼女と同じ、旧世界から新世界に渡った女船乗りとして意見を求められているワケ、か」
呆れ気味に呟く名士。しかし、作家の観点は違った。
「それは初耳です! サシャは旧世界出身なのですか? てっきり新世界海域生まれかと……」
新発見に歓喜する作家。名士は冷たくあしらった。
「まぁ、好きに書きたまえ」
少しの沈黙を挟んで、作家はサシャの生存説のプロットを語り始める。
「どこかの農園で、女中のフリをして身を隠したなどはいかがでしょう?」
名士は、海賊のいた新世界海域に思い馳せるように目を閉じ、淡々と指摘を並べる。
「当時海賊の行動範囲は狭められていたが、貿易商は海軍の護衛付きで海域を往来できた。サシャが死んだ事になっていて、君の言う通りに財宝を独り占めしたのなら、貿易商に金を掴ませて別の地域に逃げた。とも出来る」
船に乗ったこともない作家は、その意見に飛びついた。
「なるほどっ! それは良い。サシャは
終わりはこうです。架空の貿易商に聞いた事にして、『とある貿易商は、最初に女海賊を乗せたと言ったが、都合が悪い事に気がつくと一変して否定している』と締めくくれば、ロマンは残しつつ、続編も書きやすい」
作家は頭の中の世界しか見ておらず、名士はその様子を異常者を見るまで見つめた。
「これは名作だ」といい椅子を立ち上げる作家に、名士も連れ立って立ち部屋の外まで見送った。
「本が出版されましたら、一冊を持って参ります」
名士は、興味の無いふりをしつつ、悪戯心を持って返した。
「楽しみにしているよ。
「はっはっはっ! 私の作品は正にその通りです! 普通に逆に言われますけどね」
女傑、海賊、大詐欺師 黒不素傾 @DakatuX
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