第47話

 幼い頃から仲良しで親友の桜。中学生の頃は同じ部活に入部し切磋琢磨した。桜は運動神経が良くて勉強も出来て明るくて元気でいつも恋に夢中。いつも恋バナをキラキラと楽しそうに話すのに、実際に好きになるのは外見を重視したダメ男ばかり。藍は心の中でいつもを桜を見下していた。


(ダメ男ばかり好きになるから傷つくのよ)


(がさつで人のことも考えられないような性格じゃ誰もまともに付き合ってくれないのよ。いつも私か彼氏としか一緒にいないでしょう)


(あぁ。振られちゃって可哀想。あんなに尽くして全部あげたのに)


(ふふ。ふふふ。あぁ、面白い。桜の不幸は蜜の味)


(貴方のために嘆き悲しむ演技フリをしてあげないとね)


(なのに、どうして生きてるのよ)


 桜は今回の事件で無事に生き延びたものの子宮を失い、精神的にも大きくダメージを受けているだろう。本当は最後に会って話たかったがそれも叶わない。桜の両親には『もう会えないかもしれない』とは言ったものの、時が流れ、桜の傷が癒えればまた会えるかもしれない。


 藍はヴァージンロードを歩く花嫁のように緊張しながら、一歩ずつ部屋へと近づいた。そして、そっと入口の四角い窓を覗き込んだ。窓辺のカーテンを閉じていて室内は暗い。桜はベッドの角度を上げて座りながら本を読んでいた。この暗さでは、字なんてほとんど読めないだろう。扉とは反対側を向いている。その背中に藍は見覚えのあるものを見つけた。


「……っ……!」


 藍は息を呑み込んで窓から身を隠した。


(暗かったし……見間違い……?)


 いや、これが見えるのは私だけだ。見間違いなんてあるはず無い。もう一度、そっと窓を覗き込むと、桜は本から目を離しこちらを向いていた。藍の事を目を見開いて睨みつけている。怒りで歯がガチガチと震え、鼻はひくひくして眉は釣り上がり……。


 充血して真っ赤な目はずっと泣いていたからだろうか。


 そして、桜の背後を黒い靄が覆っていた。黒い靄の中には桜の生霊が憑いている。生霊も桜と同様に怒りの形相で藍を睨みつけていた。


 さっきの言葉は取り消さなければいけない。時が流れても、桜の傷が癒えることはないだろう。そして、もう二度と会うことも無いだろう。


 いや、会うかもしれない。桜の死後。あなたの遺体と対面する日に。


 藍は病院の廊下を歩き出してエレベーターの前に並んだ。また黒い靄に包まれた殺意を視てしまった、と藍は口角だけをあげて笑い出しそうになった。


(……桜……あの時三上と一緒に死ねば良かったのに……)


 エレベーターが到着すると、入れ違いで憔悴しきった桜の両親が降りてきた。


「あ……藍ちゃん。」

「今、桜を窓越しからお見舞いさせて頂きました。一日も早く回復することを祈っています。お大事にしてください」


 桜の両親は目を潤ませた。


「藍ちゃんも大変だったのに……ありがとう。新しいところに行っても頑張ってね。もし、桜が元気になったら……いつか引っ越し先を教えてもらってもいいかしら?」


 藍は微笑んだ。


「もちろんです。連絡します」

「元気でね」

「相田さんもお元気で」


 藍は会釈をするともう一度エレベーターのボタンを押した。エレベーターは下降のボタンが点滅し扉が開いた。エレベーターの扉が閉まると藍は真顔になりため息をついた。


「誰が引っ越し先なんて教えるかよ」


(もう、生霊の憑いた桜なんて会いたくないし)


 エレベーターの中で藍は笑いがこらえきれなくなりクツクツと笑いだし、息が出来なくなるほど声をあげて笑った。


(あぁ、おもしろい。みんなで寄ってたかって私のことを殺そうとして。死ぬのは自分なのに)


 一階に到着すると藍はいつも通りの笑顔に戻りエレベーターを降りた。



――――エピローグ――



 貴方は殺意を覚えたり、人から殺意を感じたことはありますか?


 私には殺意が見えます。殺意は、その人の負の感情から芽生え、その人の心を表している悪意です。


 もし、貴方が誰かに殺意を覚えたら、背後にいるでしょう。


 貴方自身の黒い感情に包まれ怒気に迫った殺意が。


     

        了

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