第46話
両親の提案で藍は他県に引っ越しをすることになった。ここまで報道が過熱して、自宅や学校が分かってしまった以上仕方がないことだと藍はすんなりと受け入れた。高校は、登校することもなく転校の手続きだけをして去ることになった。
それでも、最後にどうしても桜と白谷のことが藍は気がかりで、すでに退院した白谷とは両親に送迎してもらう条件で一時間限定で会わせてもらえることになった。
土曜日の午前中、駅前の喫茶店で待ち合わせた。藍が先に到着して入口で待っていると白谷が徒歩で現れた。白谷は最後に会った日と変わらず元気そうで藍はホッとした。借りた傘も忘れずに持ってきた。
「……来てくれて、ありがとう」
藍がためらいがちに言うと、白谷は驚きの表情を見せた。
「俺こそ、ありがとう。ずっと、会いたかったんだ」
二人は喫茶店に入ると白谷はカフェオレを藍はココアを頼んだ。
「白谷君……ごめんなさい。今回のこと巻き込んでしまって」
開口一番に藍は謝罪した。
「立花さん……」
藍は目を伏せて、前を見られなかった。
「顔を上げて。謝るのは俺の方。背後にいるあいつに気づかなかったし。結果的に立花さんと相田さんはもっと辛い思いをしてしまった。それに……悪いのは全部あいつだ。あいつ以外は誰も悪くない」
「白谷君……そうだね……ありがとう」
「俺の怪我は軽症だったよ。頭部挫傷でさ。咄嗟のことだったからホームに倒れて救急車で運ばれちゃったけどね。すぐに退院できたし後遺症もないから」
「良かった。私も、骨折くらいの軽症だったから大丈夫だよ」
「軽症で良かったよ」
「私ね……引っ越すことにしたの。高校も転校して心機一転するよ」
「そうなんだ……。自宅マンションが報道されてたもんね。あれは……ひどいと思う」
「だから、会えるのは今日が最後なの」
「会えなくなるのは残念だけど……元気でね」
「白谷君も元気でね」
白谷は藍の引越し先は尋ねなかった。藍も新しい新居を伝えることも、次の約束もしなかった。二人は無言で飲み終えると勘定をして店を出た。最後に藍は借りていた傘を手渡した。結局、どちらも本心を話すことなく手を振って別れた。
桜は今も入院中だった。数日前、桜の両親に藍から電話で連絡した。桜の両親は傷心し言葉数は少なかった。
「藍ちゃんは、軽症で済んで良かったわ」
「ありがとうございます……桜は……?」
「無事に手術は終わって意識も回復したから集中治療室は出られたんだけど……とても話せる状況じゃないの。だから、会わせられないわ」
「一目見るだけでもだめですか?病室の扉の窓から見るだけでも……。私、もうすぐ他県に引っ越して転校するんです。もう二度と会えないかもしれないので」
「……それなら……扉に付いている窓からなら。絶対に部屋には入らないと約束してちょうだい」
「もちろんです。わかりました」
こうして、藍は白谷と会った日の午後、面会時間合わせて櫻田総合病院へと来院した。桜は藍と同じ病院に搬送され入院していた。駐車場に車を停めると母も付き添うと言ったが藍は約束は絶対に守ると話し、それを断った。
駐車場を抜けて院内へと向かった。院内に入ると、病院独特の消毒の匂いが藍の鼻をついた。総合病院なので一階は受付と外来が併設されていて、待合室は診察を待つ患者が数十人もいて混雑している。受付の上に設置されている各科の看板の上に呼び出し番号がデジタルで表示されていて、患者たちはチラチラと番号を見たりスマホに目を落としたり本を読んだりしていた。
藍は、受付を通り過ぎて、建物の真ん中にあるエレベーターへと向かった。エレベーターは八階で止まっている。仕方なく端によって暫く待っていると真後ろに誰かの気配を感じた。異様に近く、いつ来たのかもわからなかった。その人は藍の真後ろにピタリと立っていて微動だにしない。黒い影がエレベーターまで伸びている。ユラリと影が揺れて、ギョッとした藍は後ろを振り返った。
「あ……」
後ろには看護士がいた。どうやら、降りてくる人に配慮して藍の真後ろに並んでいたらしい。藍はホッとして到着したエレベーターに乗り込んだ。
桜の母から三階の三〇一号室に入院していると聞いたので、三階でエレベーターを降りると、ナースステーションで受付簿に記入した。面会はしないので手ぶらで来たが、看護士にお願いすれば手土産も渡せたかもしれないと少し後悔した。記入を済ませると、三〇一号室へと向かった。
部屋番号を確認しながらキョロキョロと辺りを探す。ナースステーションの向かい側の集団部屋は三一五号室と部屋番号が付けられている。集団部屋の扉は全開で開いていて、患者さんの声やテレビの音が聞こえ賑やかだ。集団部屋を通り過ぎて丁字路の先の左右に別れて個室とトイレがあった。
建物の一番奥に三〇一号室は位置していた。個室は五部屋あるが、どの部屋もドアが閉められていて廊下は静かだ。藍は、三〇一号室の近くに到着すると緊張した面持ちで扉を見つめた。
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