第42話

「あいつら、帰ったよ。立花がまだ帰宅していなくて行方不明だから何か知らないかって聞かれた。俺が隣に住んでいるからわざわざ確認で聞きに来たらしい。だから、学校では会ったけど早退してからは知らないと答えたら帰って行った」


(ちゃんと仕事しろ!)


 藍は心のなかで警察の仕事っぷりに悪態をついた。


「……俺な、明日が誕生日なんだ。だから一緒に祝ってほしい。きっと……逮捕されるのは時間の問題だ」


 三上は瞬きもせずに隙間から藍を見つめている。


「立花をここに監禁して一緒に生きていきたいと思っていた。でも……立花はそれを望んではくれない……」


 藍は呆れてぐうの音も出てこなかった。


「俺……あの男と相田は死んで当然と思っていた。立花とは一緒に住むつもりでここに監禁したのに警官も来た。逮捕されたら二度と立花には会えなくなるかもしれない……はは」


 三上は笑った。


「そうなるくらいなら……十二時になったら、一緒に死のう」


――――


 藍は時計を見た。二十時五分。警察は来たが助け出してはもらえなかった。三上は足音もたてずにドアの前から遠ざかった。


 藍が呆然としていると、ヒュンと風を切るような音が聞こえた。


(ん?)

 

 再びキッチンの方からヒュンヒュンと音が聞こえる。嫌な予感がした。再び心臓が脈を打ち、ドクドクと血管を血が駆け巡る。音もなくドアが開いた。


「……っ……!」


 三上の手には包丁が握られている。背後の黒い靄はは炎のように揺らめき天井まで伸びている。包丁は、ステーキの肉の脂がベッタリと付いたままだ。


「駆除……しないと……」


 三上は無表情に言う。


「早く……駆除しないと……警察に捕まる前に片付けないと……」


 藍はただ三上を見つめた。


「今駆除しないと……」


 藍は鎖を手繰り寄せた。


「まずは、相田……あいつを駆除する……あいつは害虫だ……」

「……んーー!」

「立花はそこで待ってて」


 三上は包丁を握り直すと足早に立ち去った。藍は慌ててベッドから転がり落ちると、チェーンを伸ばした。這うように進みなんとか寝室を出ることは出来た。


(桜……桜!)


 鎖を引いてなんとか寝室を出た時、くぐもった悲鳴が聞こえた。


「んぅ〜! ん〜!」

「うるせぇな! お前は終わりだ! お前はアイツラと一緒だ!」 

「んっ〜!!」


三上が桜を引き摺り、藍の目の前まで連れてきた。


 藍が驚き息を呑むのを見ると、三上は喜んで笑っていた。桜は仰け反り、真っ青な顔で泣いている。


「んーー!!」


 桜は全力で声を出した。藍が桜に近づこうとしたものの、鎖の長さに阻まれ桜のもとまで行けない。


「あっちに行ってろ!」


 三上は藍を思い切り押した。そのまま後ろに転倒しキッチンのカウターに頭を打ち付けた。強烈な痛みで藍は目の前が真っ白にスパークしそのまま起き上がれなかった。


(桜……あぁ……)


 桜のくぐもった悲鳴が聞こえて目を開けると、三上が一心不乱に桜を刺していて床に血しぶきが飛んでいた。三上の黒い靄で桜の状態はほとんど見えないが、三上の手に持つ包丁にはべったりと血が付いている。


(あ……あっ……!) 


 藍はそのまま意識を失った。

 

 目を覚ますと、藍は暗いリビングで寝かされていた。先程夕ご飯を食べたテーブルの上にはショートケーキが置かれている。ショートケーキの上にはホワイトチョコレートのプレートが乗せられそこには『happy birthday たかゆき』と書かれている。


 蝋燭が五本。暗闇の中で炎が揺れる。藍は後頭部の痛みに呻いた。それから、ジャージを着ていることに気付いた。スポーツブランドのジャージで、三上が着替えさせてくれたのだろう。変わらず手には手錠が、足も手錠で固定されたままだが鎖は取れている。


「起きた?」

 

 キッチンから笑顔の三上が現れた。三上も着替えらしく、同じスポーツブランドのジャージを着ている。


「じゃあ、そろそろ誕生日ケーキを食べようか?」


 藍が時計を見ると二十一時半だった。誕生日にはまだ早い。


「一緒に食べたかったけど、立花は食べられないかな。さっき頭を打って意識が朦朧としているみたいだし。お祝いに歌ってもらいたかったけど」


 三上は残念そうに言う。


「ハッピーバースデートゥーミー……」


 低い声でそれだけ言うと蝋燭の火で煙草をつけた。背後の黒い靄が不気味に蝋燭の灯りに照らされる。


「煙草は、立花をベランダから見る時だけ吸っていたけど」


 煙をふーっと長く吐き出した。もう一度吸うと煙を藍の顔に吹きかけた。


「なぁ、どうして俺がこんなことしたのかわかる?」


 藍はなんの反応も示さなかった。


「家庭環境が悪かったとか、過去にトラウマがあるから歪んでいるとか……色々言われそうだけどそんなのは全部デタラメだ。俺の中にあるどす黒い感情に火がついたんだ」


 それから、思い切り煙を吐き出すとため息をついた。


「人間なら誰でもあるだろう。黒い感情が。生きていくためには他者を殺しても血肉を食って生きながらえるような……そんな本能が。俺に……火がついて……燃え尽きた」


 煙草を消してからフッと蝋燭の日を吹き消した。

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