第36話
四月十七日(水曜日)
翌朝、物置部屋を確認すると相田は暗闇で眠っていた。糞尿の匂いが充満している。俺はドアが開かないよう冷蔵庫など重いものをドアの前に移動させた。相田を監禁してしまったのは咄嗟のことだったので何も準備していない。本当は一日ここで見張っていないと相田が逃げ出す可能性もあるので学校を欠席すべきだったが立花の事が気がかりだった。俺は相田の手首に買っておいた手錠を付けて鎖で家具とつないだ。それから、ドアの前に家具を置き開けられないよう固定した。
マンションを出ると昨日立花と一緒にいた男がマンションの前に立っていた。一瞬で自分が殺気立つのを感じた。一度、ポストに戻ったふりをして立花が来るのを待ちながら盗聴器をオンにした。立花は傘も持たずマンションのエントランスを出て男がいるのを確認すると驚きながらも顔がほころんでいた。見たことのない表情。二人は幸せそうなオーラを放ちながら向かい合っている。二人で相合い傘をしながら駅に向かった。俺は後ろからつけたが、嫉妬で怒り狂いそうにった。途中のコンビニで黒いレインコートを購入すると顔が見えないよう深く帽子をかぶり二人の後を追った。俺の頭の中には、人身事故を起こしたサラリーマンの記憶がフラッシュバックしていた。
(やってやる)
駅で二人が別れると俺は男の後をつけてホームへ向かった。俺は息を殺して男の真後ろに立った。電車が来る前、男はスマホに夢中だ。白線の先頭に並んでいる。周りに並んでいる人はいるが一様にスマホに夢中だ。俺はレインコートの中に傘を忍ばせた。
『電車が参ります。白線の内側に下がってお待ちください』
男はスマホから目を離すと電車が来るのを確認した。ふと、背後の俺にもチラリと視線を流したもののすぐに前を向いた。俺は傘をしっかりと握り直し、周りをもう一度確認した。躍動する心臓の鼓動を感じた。電車が入って来た瞬間、男の背中を思い切り傘の先端で押した。男は「あっ……」と声を出してフラついたがギリギリのところで踏みとどまり線路には落ちなかった。が、入ってきた電車と頭が接触し、ガツッと衝突音が響いたあと、俺の真横に弾き飛ばされた。頭から血を流して意識を失って倒れている。まわりから悲鳴があがる。
「電車と接触したぞ!」
「駅員を呼んで来い!」
倒れる男の周りに人が集まり安否を確認している。悔しいが、恐らく、生きているだろう。駅員が駆け寄るのが見えたので俺は足早にホームを離れた。周りは人がひしめき合い、みんなが男に注目していたので誰も俺には注意を向けなかった。
トイレでレインコートを脱ぎ捨てるとゴミ箱に突っ込んだ。それから、いつものホームへと向かった。すでに立花は前の電車で学校に向かっているだろう。電車に乗り込むと悔しさが込み上げてきた。
(殺れなかった……。だが、これで、アイツらの今日の約束は無しになった。そうだ。俺との約束を果たして貰おう。立花は俺の話を聞いてくれると約束しただろう?)
一人で笑いながら学校へと向かった。
学校で立花に家で話したいと誘ったが、立花の顔は曇り、俺から目を逸らしている。苛立ちを感じつつもなんとか抑えて席に着いた。授業が始まると、立花は席にはいなかった。早退したらしい。あの男との約束を阻止することはできたが、肝心の立花と話すことは叶わなかった。家に相田を一人で残してきた不安もあり俺は午後、体調不良だと訴えて学校を早退した。帰り道にドラッグストアに寄って大人用のオムツを購入した。室内がひどいにおいになるのは避けたい。他に食品などをスーパーで購入し帰りに街のケーキ屋さんに寄った。明日は俺の誕生日だ。一日早いが一人でお祝いをしようとホールでケーキを購入した。
家に着いて出迎えてくれたのは立花だった。予想外の展開に俺は驚いたが、今回しかチャンスはない。いずれ俺のやったことは明るみになる。
俺には反省何て一ミリだってないんだ。そんな人生を送ってたまるか。
俺は玄関に立花を招き入れると、玄関の靴棚の上に置いたリュックから素早く睡眠薬を手に取った。そして、口に含んだ。立花を壁に押し付け一瞬見つめ合う。身長はさほど変わらないが筋力や力は違う。立花を抱き寄せて口付けた。夢にまで見た立花との口づけはどこかへトリップしてしまいそうに柔らかくとろける。すぐに舌で薬を立花の口に押し込むと飲み込むまで唇を離さなかった。薬がどのくらいで効果を発揮するのかはわからなかったが、すぐに立花はトロンとした表情になり床に座り込んでしまった。
眠った立花を抱きかかえてベッドに寝かせた。すぐに、物置部屋の前の家具をどかして中に入ると相田は暗闇の中で震えていた。無言で目で「帰りたい」と訴えかけているようだ。室内は昨日にもまして悪臭が立ち込めている。俺が手錠と鎖を取り外そうと体に触れると恐怖の為か手足が震えて鎖がジャラジャラと音を立てた。手錠と鎖を解錠すると、すぐに部屋を出た。家具をドアの前に戻す。
寝室のベッドの上には天使のように眠る立花がいる。腕には手錠をかけて鎖を付けた。鎖の長さは三メートルほどあるのでトイレとリビングぐらいまでは移動ができる。足首にも手錠を取り付けた。仕上げに口にタオルを押し込み粘着テープを貼りつけた。口を隠してしまうのはもったいないが、騒がれてしまったらおしまいだ。立花の隣に横になると、抱き寄せて腕枕をしてあげて目を閉じた。暖かく、柔らかく、甘美な香り。可愛い寝顔。吐息。全て俺のものだ。
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