第35話
その日の放課後、俺はバイトがあったので、キッチンに出勤して調理をしていた。そこに現れたのは、立花とどこかで見覚えのある男だった。どこで見たかはわからない。
二人は楽しそうに会話をしながら連絡先を交換している。二人の瞳の奥は別世界を写しているようだった。特に立花はいつもよりキラキラと輝いている。俺には見せたことのないような表情で、聞いたことのないような可愛い声で話している。俺はフロアスタッフに「友達が来たから運んでくる」と告げるとフロアに出た。カートに料理を乗せてゆっくり運ぶ。正面に見えるのは男の方だ。イケメンで長身。男の瞳に立花が映っている。
「お待たせいたしました。たらこパスタともちチーズピザとハンバーガーです」
振り向いた立花の顔から笑顔が消えていた。
「三上君……」
「よぉ」
俺はその表情に落胆しながら、料理をテーブルに乗せて伝票を確認した。
「ごゆっくりどうぞ」
「あ……ありがとう」
そんな青ざめた顔をしないでくれよ。再び俺は心の底から落胆した。食べ終えた二人は、仲良さそうに店から出ていった。
バイトを終えて裏から店を出ると、駅のホームに相田がいるのが見えた。こちらも男といる。
(害虫めが……)
男と別れるのを待った。男が去って行き、姿が見えなくなるのを確認すると、俺は相田の元へと駆け寄った。
「相田さん!」
「あれ! 三上君? こんなところでどうしたの?」
「ご飯を買いに来たんだよ。実は、今稔が家に来てるんだ! それで、稔の分も買いに出てきたとこ。あいつ、相田さんと別れたことを後悔していて……部屋で泣いているよ」
「えっ! 稔君が?」
相田は目をまん丸くして驚いている。瞬く間に目を充血させて泣き出した。
「ひどい言葉で相田さんを傷つけたって後悔しているよ」
相田は涙をポロポロこぼしながら何度も頷いた。さっきまで他の男といたくせに変わり身が早すぎる。
「もし、可能ならまた……よりを戻したいって。もし時間が大丈夫だったら、少しだけ家で話せないかな?」
相田はスマホで時計を確認すると頷いた。
「うん。うん。少しなら!」
「じゃあ。急いで行こう!」
俺達は足早にマンションに向かった。エントランスに監視カメラがあるのは分かっているが厭わない。
部屋につくと、俺は玄関の電気を付けた。室内は真っ暗で相田は不安そうに俺を見ている。
「あいつ、寝ちゃったのかな? 上がっていいよ」
相田がなかなか部屋に入らないので俺は玄関の鍵をかけると先にリビングに向かった。
「稔?寝てんの?」
相田がリビングにやってくる。
「稔君?」
リビングには誰もいない。相田は俺を見た。
「……稔君帰っちゃったのかな?」
不思議そうに立ち尽くす相田の口を俺は背後から手で押さえた。
「静かにしろ。害虫」
「……え……」
相田は状況が飲み込めず驚いた顔で後ろを振り返りキョトンとしている。
「稔は、いねぇよ。よくもまぁ、男と別れて次から次へと? 立花を巻き込むなよ!」
俺が怒鳴った瞬間、相田は俺の手に嚙みついた。
「痛っ……!」
思わず手の力が緩むと相田は玄関に駆けだした。俺もすぐに突進して相田の背後から思いきりタックルを仕掛けた。相田は床に顎を強打して倒れて悲鳴をあげた。すぐに相田の体を持ち上げて思い切り額を床に叩きつけた。ゴンッと音が部屋に響き相田は暴れるのをやめて静かになる。相田を仰向けにすると放心状態で震えている。すぐにリビングのチェストに向かうと、これまで買い込んだものを取り出した。相田の口にタオルを押し込む上から粘着テープで口を何重にも巻いて、後ろ手に腕を紐で縛り上げ、足首も固く縛った。そのまま相田を引きずると、物置として使っている窓のない部屋に引きずり込んだ。皮肉にも隣は立花の部屋だ。部屋から出られないように体も何重にも紐で縛るとまるで芋虫のように床で横たわっている。相田の瞳からは恐怖と不安、戸惑いの色が伺えた。
「立花とあの男が付き合うことにでもなったらお前を殺してやるからな」
相田の体を持ち上げて怒鳴りつけてから床に叩きつけた。それから気が済むまで体をサンドバッグのように蹴りつけた。
部屋を出るとすぐにシャワーを浴びた。夕食のレトルトカレーとご飯のパックを温めていると相田がフーフーと息を荒らげ、身体をのたうち回らせている音が聞こえた。その音は俺をイラつかせた。俺は物置部屋に入るなり相田の腹に蹴りをいれた。相田は悲鳴のようなか細い声を上げて床で震えている。頬が腫れ、涙が幾筋も流れた痕がある。仰向けで倒れている相田を睨みつけ髪を掴んで座らせた。再び相田の頬を涙が伝う。
「騒ぐんじゃない。騒いだら殺す」
手を離すと相田は声を押し殺して泣いていた。トイレに行きたかったのか失禁している。
「害虫らしいな」
俺は部屋のドアを閉めた。
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