第33話

 その日の放課後、稔が学校に現れた。


「カラオケでもどう? これから四人で」

「カラオケ……ねぇ……」


 俺は後ろを確認して立花を見た。


「やめとくわ」


 稔に引き止められたものの、俺は苛ついて断った。どうしてこんな男に次々と彼女ができるのか不思議だ。少しすると立花も一人で校門から出て来きたので俺はホッとして話しかけた。


「あいつら、勝手に二人で行けばいいのにな?」

「うん。そうだよね。これで週末のダブルデートも無し確定だね」


 俺達は帰りの電車に乗り込んだ。立花にどこかで稔に気をつけるよう釘を刺さなければいけない。その前に念のために確認したいこともあった。脈が早くなり、ドクンドクンと鼓動が強くなる。


「立花は……いるの?」

「え? いるって?」

「彼氏」


 立花の顔が真っ赤になったのを見て俺は安堵した。これまで、彼氏の存在は監視カメラや盗聴器からは確認することはできなかった。立花は春休み中はほとんど家にいたし、遊びに来たのは相田桜くらいだった。


「ない。いない」


 良かった。もし、立花に彼氏なんてものが存在していたら、ソイツに何かしてしまうかもしれない。


「ふーん。友達にはいるのにねぇ」

「何その嫌な感じ。三上君は今朝彼女といたでしょ。見たよ」


 俺は驚いて吹き出しそうになった。もしかして妬いてくれているのか。そう思いたかった。それから暫く話してから別れ、春休みから始めたバイト先へと向かった。別れるのが名残惜しいが仕方がない。バイト代でもっといい監視カメラや追加の盗聴器を買えるよう頑張らなければならない。

 その日の晩、稔から怒りのメールが来た。


『なんでカラオケ行かなかったんだよ?』

知るか。と心のなかで思った。

『悪いな。バイトだったんだよ』

『それなら、そう言えよ。桜とはもう別れたいから早めにカラオケ行きたいんだけど』

『なんかあったのか?』

『ケンカ』

『仲直りしろよ』

『明日、仲直りするよ』


 どうでもいいメールの返事は無視した。


 翌朝、駅で人身事故があった。サラリーマンが飛び込むところを俺は見ていた。少し離れていたのが、何かブツブツ話しているのか口が動いていて、顔色が悪そうだった。飛び込む瞬間に一切の迷いは見られなかった。人身事故も人が死ぬところも初めて見たが、命を失うなんて一瞬の出来事だった。肉片や血が線路に散乱し、朝のホームは混乱状態だったが俺はその光景に興奮した。サラリーマンの近くに立花と相田がいて、立花は相田に現場を見えないよう体を引き寄せていた。なんて健気で優しいんだ。それに度胸がある。俺は改めて立花を見直した。


 その日の帰り道、立花に稔が何股もしている浮気男だとこっそりと告げた。


「あいつ、本当に女好きだよな。何股もしてるくせに」

「え……? 今なんて言ったの?」


 立花は目を見開いている。


「聞こえなかった?」


 立花の驚いた顔は可愛い。知ってはいけないことを知ってしまったという表情だ。それから忠告もした。


「それにお前のこともゴチャゴチャ言ってたぜ」

「私のこと? なんて?」

「面と向かって言えないようなこと」

「……最低」


 立花は自分のことではなく友達のことを心配していたからつい余計なことまで言ってしまった。


(自覚したほうがいいよ。立花の方が危ないってこと)


 立花は相変わらず俺の後ろばかり見ていて俺の目を見てくれない。どうしてそんなに俺の後ろをみるのだろうか。その可愛い瞳に俺を映してほしい。立花の瞳に俺の歪んだ笑顔が映ると俺は満足した。俺の映った目玉をそのまま取り出して保存したい。


 帰宅後、スマホで盗聴器の音声を聞いていると大泣きしている相田が部屋に現れた。泣き声のせいで立花の声はあまり聞き取れなかったが、興奮して話す相田の声ははっきりと聞こえて稔と相田が破局したことを知った。 


『藍みたいな美少女を抱きたいって言われた』


 相田の漏らした稔の一言にブチ切れそうだった。立花に忠告しておいて良かった。

立花に近付いたら殺してやる。いや、その前にもだれかが立花を狙っているのかもしれない。怒りに任せてテーブルを殴りつけてしまった。


四月十三日(土曜日)


 その日はバイトで昼前にファミレスに向かっていた。バイト先に着くと、立花と相田が二人でランチをしているのが窓から見えた。俺は驚いて窓に近付きこっそりと立花を見つめた。私服の立花は、襟に大きなレースの付いた黒いトップスに膝丈のチェックのスカートを履いている。靴は見えない。あまりの可愛さで見つめていたいが立花が窓を見た瞬間、慌てて下に屈んだ。恐らく見られなかっただろう。


 バイト帰りに久しぶりに実家に帰宅した。絵美里さんはソファーに座って少し膨らんだお腹を撫でていて、父は和室で仕事をしていた。俺が帰宅すると二人は驚いていたが歓迎してくれて寿司の出前を取って馳走してくれた。父は酔って眠ってしまい、俺は絵美里さんに後片づけをすると申し出た。


「なんて、いい子なの! ありがとう」

「夕食を頂いたので、当然のことですよ。先にお風呂でも入ってゆっくりしてください」

「ありがとう! この子が生まれたら優しいお兄ちゃんって紹介しなきゃ」


 絵美里さんがお風呂に行くのを確認すると、俺は煙草の棚を開けた。ばれない程度に数箱抜き取ってリュックに仕舞う。その時、棚の奥にビニール袋が見えた。思わずその袋を開けてみると、中から出てきたのは外国から取り寄せた経口睡眠薬だった。


(何でこんなものを……?)


 父が不眠症だとは聞いたことが無い。俺はその薬も数錠リュックに忍ばせて元の場所に戻した。


――――


「あら、テーブルまで拭いてくれたの?」

「全部片づけ終わったので帰ります」

「また来てね。あの人、お酒を飲むとあのままソファーで寝ちゃうのよ。どうにかならないかしら?」

「昔はあんなにお酒に弱くなかったんですけどね」


 絵美里さんは苦笑した。そのまま、玄関先まで送ってもらうと、俺はマンションに帰宅した。リュックを玄関の靴箱の上に置き、中から煙草だけ取り出すとリビングに向かった。

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