第30話

 翌週末、俺は父の再婚相手の七瀬絵美里さんに会った。高級中華屋に現れた彼女は金髪のパーマヘアーに、派手な化粧をしていて、胸元のざっくり空いた黒いワンピース姿で現れた。中華屋といっても中はかなりシックな作りで落ち着いた店内だった。店員に個室に案内されて着席した。


「崇之、彼女が新しいお母さんの七瀬絵美里さん」

「はじめまして。七瀬絵美里です。これからよろしくね」


 若々しくて母とは全く違う派手な顔をしている。俺からしたらただのギャルだったが。笑うと厚塗りのファンデーションがひび割れるのでは無いかと思うほどで、明らかに飲み屋で出会ったお姉ちゃんだろうと思った。


「……よろしくお願いします」

「ねぇ、ねぇ、私をお母さんなんて呼ばないでね! どう見てもお姉さんと弟みたいじゃない?」


 絵美里さんは、父にベタベタとボディタッチしながら笑っていた。


「はは。そうだな。お母さんはやめてほしいな。絵美里さんと呼びなさい」


 父も嬉しそうに笑っている。


「はは……」


 俺は一人で呆れていた。女はただのカネ目当てで父に迫って妊娠したのだろう。女っていうのはこうも打算的に生きているのかと改めて思った。

 その後も二人がベタベタしているのを見つつイライラしながら中華料理を無言で平らげた。


 引っ越し先を探すことになってから思いついたのが、立花の家の近くに住むことだった。卒業式の迫ったある日、俺は六時間目の授業をサボって立花が通う旺南中学校に向かった。校門の影で待っていると、彼女が出てきたのでその後をこっそり尾行した。立花は相田桜と一緒に徒歩で下校していた。制服姿はいつもの体操着姿とは全く違う印象で可愛らしかった。入学先の高校の制服もきっと似合うだろうと思わず妄想してしまう。


 暫く尾行していると十二階建ての旺南マンションに入って行った。そのマンションを突き止めた時、俺は高揚した。立花の家の近隣に住めれば良いと最初は思っていたが、彼女の住んでいるマンションは父が賃貸物件として管理しているマンションだったからだ。俺はそのまま父の建設会社に向かうと旺南マンションに住みたいと話した。父は物件の名前を聞くなり顔をしかめた。


「なんで旺南マンションなんだ?もっと高校の近くとか、駅近の物件があるだろう?」

「それもいいけど、オートロックのタワーマンションみたいでいいなと思って」

「そこのマンションな……見た目は綺麗だけど……やめたほうが良いかもしれん」

「どうして?」

「そこな。いわくつき物件扱いで。いや、もともとのマンション施工の会社は大手なんだけど、そこの部屋は買い手が付かなくてウチに賃貸として貸したいと提携を頼まれて格安で貸してるとこなんだ。実際に何組か住んだけど更新のタイミングかその前に出ていったり……暫く入居者もいなくて……やめたほうが良いと思うぞ」

「いいよ。安いし借り手が付かないなら逆にちょうどいい!」

「そうか?」

「マンションは綺麗だしそこに決める。駅から離れている方が運動にもなるし」

「……お前がいいなら、そうしよう」


 こうして、俺は立花が住むマンションに引っ越すことになった。週末、マンションの鍵を借りて一人で下見に行った。オートロックを解錠してエレベーターに乗り込む。十階に着いて部屋へと向かう途中、一〇五号室のドアの横に『立花』と表札があり、俺は興奮した。俺の住む家が『一〇六』だからだ。まさか、隣が立花藍の家だとは夢にも思ってもいなかった。一〇六号室は家族で住む広さの家なので俺にはかなり広かった。俺は一〇五号室側の壁に耳を付けてジッと音を聞いた。当たり前だが、生活音や声は全く聞こえない。それでも、あの子が隣にいると思うだけで興奮して暫く耳を当てていた。


 中学校を卒業し春休み初日に父の会社の軽トラで引っ越しは完了した。実家の家電を全て買い換えることになったそうで、冷蔵庫や電子レンジ、テレビなど必要なものはほとんど実家から持ってきた。自分の荷物は少なくてあっという間に引っ越しは完了した。近所の挨拶用にと父からお菓子を渡されていたが、立花の家だけ行かなかった。


 春休み中、俺はふとしたことがきっかけで煙草を吸い始めた。最初はベランダで立花の家をこっそり見るのを楽しんでいたが、一人でずっとベランダにいるのは怪しまれるだろうと不安になった。コンビニや自販機で購入できないので、父親がカートンで買って棚に仕舞っているのを勝手に持ち帰った。


 母親は煙草を忌み嫌っていたからバレたらカンカンに怒られるだろう。まあ、会う日が来るのかはわからないが。煙草は吸い慣れるとその中毒性で病みつきになった。


 引っ越した当初は立花の声を聞くだけで幸せだった。春先だから頻繁に窓を開けていてよく声が聞こえた。立花は家族と仲良しで手伝いもしっかりしていた。可愛らしい笑い声が聞こえるし会話からも素直なのがわかる。そのうち、もっと顔を見たくなった。

 俺はファミレスでアルバイトを始めた。まずは週末の二日間だったが、キッチンは客で溢れかえり怒涛の忙しさだった。初めてのバイト代を使ってネットで小型の監視カメラと盗聴器を購入した。

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