第29話

七月

 陸上部の三年生の引退前、最後の試合が行われた。そこで俺は稔の隣に立つ『立花藍』を見つけた。 


(は? なんで二人が一緒にいるんだ?)


 俺が不信に思っていると、稔と話していたのは『立花藍』といつも一緒にいる『相田桜』の方だと気づいた。三人が解散すると俺はすぐに稔の元に駆け寄った。


「何話してたの?」

「おぉ、崇之。今相田さんて人と連絡先を交換した」


 この頃の稔は一年生の頃よりかなり性質が悪くなっていて、何股もするようになっていた。それも、校内でバレないように他校の女子と付きあっていたのだ。挙げ句に処女と付き合うのを楽しみにしている変態でもあった。


「もう一人の女の子とは連絡先交換した?」


 俺は内心ヒヤヒヤしながら聞いた。


「してないよ。相田さんだけ。でも、もう一人の女の子の方が可愛かったね。次はあの子と遊ぼうかな」

「……あんまり他校の子に手を出すなよ」

「なんで?」

「これから、受験だろ」

「そうだな。……これから他校の子と会うチャンスは激減だな」


 稔は残念そうに肩をすくめた。ホッとしながらも怒りが心の中を渦巻いていた。『立花藍』に手を出したりしたらただでは済まさないぞと無意識に拳を握った。


 部活を引退し夏休み前から塾に通い始めた。夏休みは毎日のように夏期講習に通ったので、くたくたになって二学期を迎えた。そんな中、稔は相田と順調に仲を深めていて、下校後に二人で遊んだり、一緒に勉強をするようになったと話していた。


「まだ付き合ってないの?」

「まだまだ。ちょっと何人か切ってから桜とは付き合おうと思って」


 暫くして、冬休み前に二人は交際をスタートした。これからクリスマスや、お正月のイベントがあるのは楽しみだが受験生にそんな時間は無いはずだ。


「大丈夫なの?」

「何が?」

「受験」

「俺、推薦狙ってるから。上手く行けば面接だけで終わるかも」

「……なるほど。もしかしてお前ら同じ学校目指してるのか?」

「んな事しねえよ。向こうは、一緒の高校行きたいとか言ってたけど」

「それで、稔はどこの高校行くの?」

「俺は桜城にする」


 桜城は、この辺りでは有名な私立高校だ。偏差値は平均より少し上くらい。いきなり私立を志望するとは面食らった。


「私立か。なんで?」

「まぁ、偏差値考えたら無難に入れるし。親も桜城なら良いって言ってるし」

「それ、いいな。俺もそうしようかな。親父は私立でも何も言わないと思うし」

「いいんじゃないか? 推薦試験で受かれば二月には受験から解放されるぜ」

「へえ。相田さんはどこ志望してるの?」

「桜田南だって言ってたな」

「へぇ。頭いいんだな」

「友達の立花さんも一緒のとこ目指してるって言ってたな」


 それを聞いた俺は心臓を銃で撃たれたような衝撃を受けた。これまで志望していた高校をやめて、俺も桜田南高校を志望することにした。これまでの志望校よりランクが一つ上だったので俺は必死に勉強した。その頃の父は、俺に塾に行けだの、勉強をしろと言ってはいたものの進学先について相談したことは無かったので三者面談で志望校を告げたときは驚いた顔で俺と担任を二度見していた。


「なんだって。今から間に合うのか?」


 その様子を担任は驚いて見ていたものの、受験ぎりぎりまで熱心に俺のことを見てくれた。

 そのお陰もあり三月、俺は無事に一次試験で桜田南高校に合格した。稔は私立受験の推薦のみだったので二月には合格をもらっていたので気楽なものだった。俺が受験結果を報告すると軽く祝いの言葉を言ってくれた。


「稔の彼女も無事に受験は終わったの?」

「桜も受かったって話してたよ」


 本当は立花のことを聞きたかったが、聞きにくくて何も言えなかった。


 受験を終えると父は安心して合格祝いをしてくれた。それから、俺に改まって話したいことがあると和室に呼ばれた。


「実は彼女が妊娠したんだ」

「……は? か……彼女?」

「それで、彼女と籍を入れることにした。それで、家に彼女を呼ぶことにしたから」

「親父の彼女と赤ん坊がこれから一緒に住むってこと?」

「あぁ」

「マジか……」


 俺はため息をついて下を見た。嫌だと言えるわけがない。これから、生活が一変するのが目に見えていた。どんな人かもわからない人が母親面で家に住み、挙げ句に赤ん坊が産まれる。俺の絶望的な顔を見た父はニヤッと笑った。


「おめでとうは無いのか?」

「……おめでとう」

「そう、落ち込むな。相手は七瀬絵美里ななせえみりさん、二十八歳」

「二十八?親父の十五個も年下かよ」

「今度食事会を開くからそこで挨拶してくれ。それでな、赤ん坊が産まれたらお前も大変だろ?だから、お前には春休みから一人暮らしでもどうかと思ってな。一人暮らしは勉強にもなるし、住む場所はお前が決めていいし俺が手配してやるから」

「は……一人暮らし……」


 悪くない提案だった。不動産会社を営む父なら俺が住む家を見つけるくらいどうってことないだろう。

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