第25話
小学校は地元の公立小学校に進学した。俺は学童に入るのが嫌で嫌でたまらなかった。学校が終わってから別の教室に行き、そこで宿題をしたり校庭で遊ぶのだが友達が帰宅する中で自分は学校に残るなんて最悪だった。
更に夏休みは平日五日間、母のお弁当を持って毎日暑い中を徒歩で姉と学校に行った。何度も学童に行きたくないと言い張ったが、家に置いておけないと話し合う余地すら無かった。その年の冬休みが終わると俺は勝手に学童に行くのをやめた。両親は怒っていたが俺はそれでも学童へは行かなかった。下校後、鍵がないので家の前で待っているか友達の家に行くか神社や公園で遊んで過ごした。
その内、父が学童の費用がもったいないと言って反対する母を尻目に学童を退会した。姉もやめたがっていたが両親が女の子は心配だと言う理由から姉はやめられなかった。こうして、晴れて俺は学童をやめられた。母は下校後に習い事を増やすとピアノや個人経営の塾などに申し込んだが俺はそれもさぼって練習も宿題もしなかった。これまで厳しくはあったものの激昂などしたことのなかった母がある日突然、俺の部屋に来るなり俺の頬を張って激昂した。
「あなたは次期社長になるんだから、敷かれたレールを守りなさい」
「あなたがしっかりしないと、怒られるのは私なの」
「これまで言うことをちゃんと聞いてきたいい子だったのに! どうしてこんな悪い子になったの!」
俺は驚きと痛みで何も言い返せなかった。泣きわめいて俺を叩く母が憐れに見えたし、どうして言われたことだけを守らなければならないのかと疑問に思った。
それから母は普段は大人しくて優しいが、いざスイッチが入ってしまうと鬼の様な形相に変貌して激昂するようになった。それも父がいない時間に限られていて、父がいる時は平静を装っていた。
叩かれたあとは赤くなる程度だったので痣になったり痕には残らなかったが俺はいつ切れ出すのかわからず内心ビクビクしていた。
小学二年生の時だった。その日は下校後に神社に遊びに行きいつもの男子三人と、珍しく女子が二人いた。五人で鬼ごっこで遊んだり隠れん坊をし、夕方に解散した。俺はその時一緒に遊んでいた
「うちは五階なの」
まだ夕日がオレンジ色に団地の一帯を照らしているのに、団地の入り口はかなり暗くひんやりとしていた。俺は真波と一緒に階段を昇った。エレベーターも併設されているが、止まる階が決まっていて五階は止まらないのだと言う。
「変なの。それに、大変だね」
「慣れちゃえば大丈夫だよ。今、うちのお母さんは仕事だしお兄ちゃんは学校に行ってるから誰もいないんだ」
「そうなんだ」
階段を上って部屋の前まで来ると、そこから景色を眺めた。夕焼けに包まれた山と街が見渡せる。俺が帰ろうとした時、真波が楽しそうに手招きした。
「おもしろいものがあるの」
真波に言われて、俺はつい家に上がってしまった。ドアを開けると玄関は夕陽が差し込んで玄関に置かれたサンダルがオレンジ色に見えた。廊下から先には和室のリビングが見える。カーテンが開いていて、部屋にオレンジ色の夕日が差し込んでいる。室内はとてもきれいに清掃されていて床に物が置かれていない所など俺の家に似ていた。
真波に続いて廊下を進んだ。和室の部屋には小さなテーブルとテレビ。和室の右手側の奥に小さなテーブルが二台並び教科書類が置かれている。真波とお兄ちゃんの部屋だそうだ。窓がないため光が差し込まなくて真っ暗だ。
昔ながらのキッチンはほとんど生活感が無いほどにきれいで水垢や油汚れは一切無かった。本当に人が住んでいるのかと思うほどだ。
「何にもないでしょう」
真波は俺が思っていることを口にした。
「ほとんど売ったり処分したの」
「え……。なんで?」
「こっち」
真波は質問には答えず和室の先の部屋を指さした。
「寝室」
「へえ」
「中を見て」
「え?」
「見て」
「なんで? 寝室なんて見るもの無いでしょ?」
「ふふ」
真波が和室の奥に向かって歩き出した。室内は異様に静かで、真波が畳を踏み込む音だけが部屋に響いた。真波はそっと寝室の襖に手をかけて両開きの襖を開けた。少しづつ開く襖の奥の寝室は真っ暗だ。窓をカーテンで閉め切っているのだろう。
俺は目を凝らした。じっと見ていると暗がりの中に誰かが立っているのが見えた。その人はこちらを向くことも無く、何も言わずただじっと下を向いている。
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