第二章 三上崇之
第24話
俺、三上崇之は、二〇〇五年四月十八日生まれ。A型。三上家の長男として産まれた。年子で姉の『佳穂』がいる。父親は地元に密着した企業の建設業者の社長で、母はそこの事務員として働いていた。地元に根ざした企業ということもあり、建て売りや注文住宅の請負以外にも土地の販売やマンションやアパートなどの不動産業も請け負っていた。
実家は駅から徒歩五分の一軒家だ。代々父の家系が地主だったこともあり、駅近にも関わらず土地は六十坪あり、そこに父の会社の売りにしている洋風の二階建ての家に住んでいた。茶色の壁に焦げ茶色の屋根、二階にはお洒落な出窓も付いていて、一階のリビングからは開放的な大きな窓から庭を眺められる。時折、父はお客さんを家に案内して自宅で内見もしていたので、庭の駐車場は三台は停められるよう広々とした駐車場も完備している。敷地の周りは高さ一メートルほどの壁に囲まれて中から敷地内が見えないようになっている。
庭は花壇や家庭菜園、オリーブの木など丁寧に手入れしていたし、屋内は玄関がかなり広く造られていた。玄関の真正面に二階に続く階段、右手がリビングとキッチン、左手に和室とトイレ、奥にお風呂があり、和室は内見に来たお客さんと話すのに使われていた。二階は寝室と俺と姉の部屋があり、母はいつでもお客様を招けるようにと常に清掃を欠かさず床に物を置かないよう徹底していた。
幼少期の頃から俺は会社の次期相続を期待されて目を掛けて躾てもらっていた。特に母は俺に厳しくて礼儀作法はもちろん早期教育にも力を入れていた。母は仕事をしていたので一歳頃から俺は近所の保育園に預けられた。幼少期の頃は目立つことが好きで、よく先人を切って友達との遊びを仕切ったり、運動会や学芸会ではリーダーや主役に立候補して活発な子どもだった。
年長になったある日、俺は園庭で友達と滑り台で遊んでいた。友達は鬼ごっこをすると滑り降りて園庭へと駆けて行き、俺も滑り台から降りようとした時に愛ちゃんという女の子から『一緒に滑ろう』と声をかけられた。愛ちゃんが先に滑り台に上り俺は後から着いていった。階段を上って愛ちゃんが滑るのを待っていると、愛ちゃんが『座って目を閉じて』と言った。
素直に目を閉じて待っていると、園庭から友達の笑い声や草を踏みしめる音、砂を蹴って駆ける音が鮮明に聞こえてくる。俺は滑り降りたら皆の所に行こうと考えた。
暫くすると、愛ちゃんは『もういいよ』と言った。俺が滑り始めた瞬間、着ていたパーカーの紐が何かに引っかかったのか突然首元がギュッと締まった。反射的に『うっ』と声を出すと、上から愛ちゃんがうっとりした顔で俺を見ていた。俺は手をバタつかせて助けを求めたが愛ちゃんは笑っているだけで何もしてくれない。
「早く降りてよ!」
それどころか降りられないことを分かっていながら俺の肩を足で押した。更に首が締まり俺は首元を手で掴んだが所詮五歳。どうしたら良いのかもわからずパニックで何も出来るはずない。俺の顔は真っ赤になっていただろう。
「先生!」
滑り台の下から誰かが叫んだ。喉が締め付けられ呼吸が浅くなっていく。すぐに先生が駆けつけてくれた。大人の女性の平均身長ほどの高さの滑り台だったので、先生はすぐに抱き上げ救出してくれた。芝生の園庭に横になると俺は思い切り息を吸い込んでから大声で泣いた。
保健室に行ってからも俺は暫く泣いていて、泣き止んだ後に先生から事情を聞かれた。
「愛ちゃんと遊んでいました。愛ちゃんに目を閉じてって言われて、その後滑ったら紐が滑り台に絡まっちゃって……」
すぐに愛ちゃんが呼ばれて先生と話していた。
「崇之くんがどうしてこうなったかわかる?」
「わかりません。一緒に遊んでいただけです」
「どうしてすぐに先生を呼ばなかったの?」
「何があったのかわかりませんでした。崇之くんがなかなか滑ってくれないから私は滑り台から降りました」
「……そう……わかりました」
おそらく、愛ちゃんがパーカーの紐に何らかの仕掛けをしたのだろうがそんな証拠は無い。今思えば、愛ちゃんは意地悪でかなりの悪知恵の働く子どもだったのだろう。大きな怪我は負わなかったので話はそれで終わった。
迎えに来た園長と担任で母に謝罪をしていたが、『滑り台で遊んでいたら紐が絡まってしまいました。すぐに助けあげ怪我などはありません。本当に申し訳ありませんでした』と掻い摘んで説明していた。母も『怪我が無かったなら大丈夫です。今後はよく見てあげて下さい』と対応していた。
結局その一件はそれで終わったが、俺は愛ちゃんと遊んだり話すのは避けるようになった。卒園後、愛ちゃんは他の小学校に入学したのでその後は知らない。
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