第23話

その後は職員室に駆け込むと、担任に体調が悪いと話した。


「相田さんのことは、聞いたよ。二人は仲良かったからね。今日は帰ってゆっくり休むと良いよ」


 青い顔でガタガタと震える藍を担任は気遣った。


「ご両親に連絡しようか?」

「いえ。一人で帰れます」

「そう。じゃあ、気をつけて」

「失礼します」


 一礼すると藍は職員室を出た。今日学校をサボったところとで問題から逃げられるわけではないが、今日は到底学校にはいられそうに無かった。下校後に白谷に会うのも楽しみにしていたが、それも無理そうで藍は昇降口に座って雨でベチャベチャになった校庭を眺めながら白谷にメールをした。


『体調が悪いから早退することにしたよ。また今度会えるかな?』


 外は大雨で、白谷から借りた傘をさして駅に向かった。昼間とは思えないほど空は暗くて、どんよりとしている。藍は沈んでいく心を慰めるため、さっきまで二人で相合い傘をしていたことを思い出すと少しだけ心が軽くなったような気がした。


電車に乗って外を眺めていると、入学してからこれまでのことが怒涛のように感じられた。桜が行方不明になって、デートなんてしている場合ではないし三上のことだって心配しておきながら突き放した自分は最低だ。


 櫻田南駅に到着すると駅が騒がしいことに気付いた。別の路線の電車で人身事故があったせいでまだ運行を再開していないらしい。SNSを見ると、『男性が飛び込み、朝から迷惑過ぎ』『どうやら、生きていたらしく救急車で搬送された模様』などと迷惑がる若者の書き込みがいくつか見られた。


 藍はスマホを鞄にしまうと、昨日、四人で行ったカラオケ店まで歩いてみた。藍と白谷の前を榊原と桜が歩いていた。カラオケに着くと入り口で楽しそうに話している桜の顔が頭に浮かんだ。駅から桜の家までは徒歩十分ほどで入り組んだ住宅地の中にある一戸建てだ。藍は桜の家に向かって歩き出した。繁華街を抜けて住宅地に差し掛かり細い路地を入ると桜の家が見えてきた。通り沿いに面した家で鉄筋コンクリートで出来ており壁面は煉瓦のようにボコボコしている。二階建てで屋根にはソーラーが付いている。庭には屋根付きの駐車場があり、セダンの車が停められていた。桜のお父さんは普段は車通勤だったから今日は休んで家にいるのだろう。車の隣には三台自転車が停められていてそこに桜の自転車もあった。藍は踵を返して駅に戻った。


 このまま白昼に外にいると補導されてしまうかもしれないので藍は真っすぐマンションへと帰宅した。自室に戻ると、涙が溢れた。


 藍は三上の下校時刻に合わせて玄関で待っていた。今日は部活が無いので真っすぐ帰宅するなら四時半過ぎには帰宅するはずだ。そのうちエレベーターの止まる音が十階に響き、怠そうな三上が帰宅した。三上は藍を見つけるなり驚いた顔で立ち尽くした。


「おかえりなさい」

「何してんの?」

「待ってたの。やっぱりちゃんと話したくて」

「は? 今更何だよ」

「今朝は本当にごめんなさい。ちゃんと話をしたくて」


 三上は不機嫌そうな顔をしつつ玄関のドアに鍵を差し込む。


「じゃあ。上がって」


 ドアを開けると藍を玄関に促した。


「お邪魔します」


 藍が玄関に入った瞬間、異臭が鼻を突いた。


「なんか、変な臭いがする」

「そう?」


 藍が靴を脱ごうと下を向いた時、突然三上が藍の体を壁に押し付けた。


「えっ……! 何!」


 ほとんど身長差が無いので三上の顔が目前に迫る。藍は驚きで何も出来ずにいると、三上は藍の後頭部を片手で引き寄せ、もう片方の手で藍を抱きしめた。藍は一瞬のことで何が起こっているのか理解できなかったが、背後の生霊が目の前でニタニタと笑っていることに気付き絶叫した。慌てて逃げようとしたが、とても力では敵わない。


「やめて!」


 もう一度悲鳴をあげようとすると、三上は藍の唇を食べるかのように覆い、無理やりキスをしてきた。藍は賢明に逃げようと手を突っぱねたが、全く三上には敵わない。藍がバタバタしていると、突然、口内に舌が押し入ってきて何か薬らしきものを藍の口の中に押し込んだ。吐き出そうとしても三上は口を離してくれず、藍は涙ながらにそれが溶けて口に広がるのを感じた。苦い。完全に溶け切ると、三上はやっと顔を離して呆然とする藍を見つめた。


「今更遅いんだよ。他の男と遊びやがって。ふざけんなよ。助けるとか気を持たせること言って」

「何……何を飲ませたの……」


「立花って旨いんだな」


 三上は笑っている。藍は自分の意志では到底体を支えることが出来なくなり、ずるずると座り込んだ。すぐさま、三上は藍を抱き上げて肩に担いだ。抵抗しようにも力が入らず、意識が泥のように混濁していくのを感じた。ベッドの上に降ろされるなり、手首を何かで拘束されるのを感じた。近くでジャラジャラと音がするが、それはどんどん意識の端の方に追いやられていく。


「スマホ持ってきた?」


 三上は藍のスマホをポケットから取り出すと電源を落とした。


「捨ててこないと」

「や……いや……」

「お前が悪いんだ」


 今にも寝そうになるのを耐えながら、薄く目を開けると、目の前に飛び込んできたのは生霊だった。ユラユラと浮遊し藍を見下ろしている。


「おやすみ」


 三上は藍の目を手で覆った。藍はそのまま目を閉じると真っ暗闇に落ちていった。

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