第22話
四月十七日(水曜日)
翌朝、藍がリビングに向かうと両親が神妙な面持ちで朝ごはんを食べている。
「おはよう」
「おはよう。藍、座りなさい」
お父さんが厳しい視線を藍に送るので仕方なく正面の椅子に座った。
「相田さんのことを聞いたよ。向こうのご両親もすごく心配している。それで、なんで四人で遊んでいたのか聞きたいんだけど?」
「……小中の同級生だって知ってるでしょ。同じ陸上部だし、向こうの学校の話とか聞きたかったから。それだけ」
藍は半ば苛立ちながら答えた。
「本当にそれだけなのか? 交際してるんじゃないのか?」
「そんなんじゃないよ。友達に会ったらだめなの?」
「だめじゃない。だがな、こういう事態が起こったんだ! もうそいつ等とは会わないように」
「桜がいなくなったのは二人が原因じゃないでしょ!」
「男と会うなんて……! 何されるか何が起こるかわからないんだぞ! いいか! 暫く部活も休んで真っ直ぐ帰りなさい!」
藍は無言で立ち上がるとリビングを出た。
「藍? わかったのか?」
母が慌てた様子で仲裁に入ろうとしている。
「お父さん、藍の話も聞いてから話さなきゃ!」
二人の口論を聞きながら藍は家を出た。マンションを出ると外は大雨だった。とっさのことで傘を持ってくるのを忘れていた。呆然としながら空を見つめて藍は大きなため息をついた。
(私のこと、友達のこと……勝手に決めつけないでよ!)
「立花さん」
ハッとして顔をあげるとそこにいたのは白谷だった。
「朝、メール送ったの読んだかな? 心配で来てみたんだけど」
「白谷君……」
「駅まで一緒に行こうか」
「……傘忘れちゃった」
白谷は、吹き出した。
「こんなに大雨なのに? いいよ。一緒に入って行こう」
藍がパッチリとした瞳で見上げると白谷が赤くなりながら藍を傘の中に入れてくれた。
「相田さんのこと心配だね。榊原もかなり心配で今日は学校を休むって言ってた。親に相当絞られたみたいだよ」
「そうなの? 悪いことしてないのに」
「仕方が無いよ。送ってあげればよかったって後悔してるいみたい」
「……白谷君の家にも警察官は来たの?」
「昨晩、遅くに来たよ。ただ、僕らはカラオケ店で別れているからね。そこまで話しただけだよ」
「そうだよね」
「これまでに相田さんは家出とかしたことあるの?」
「無いよ。無いから大事になっているんだし……考えたくないけど何か誘拐とか事件に巻き込まれたのかも」
「そうだよね。心配だ……」
それから、白谷は一瞬言い淀んだ。
「ところで今日の放課後どうする?」
「……え?」
「今日はやめておく?」
「……そうだね。でも……」
「でも?」
藍は真っ赤になって白谷を見上げた。
(でも……会いたいな……なんて言えないよ)
白谷も察したのか顔を赤くした。
「じゃあ、予定通り駅で待っているね」
「うん。ありがとう」
「今日は早めに帰ろう。またファミレスでも行く?」
「うーん……昨日と違うところに行こう」
駅に着いて白谷が傘を畳んでいる姿を見ながら、藍は御礼を言った。
「傘に入れてくれてありがとう」
「どういたしまして」
白谷は傘を畳むと、傘を藍に渡した。
「俺、コンビニでビニール傘でも買うから。この傘使って」
「え? いいよ、いいよ。私がコンビニで買うから大丈夫!」
「いいから。使ってよ。帰りにマンションまで送った後に返してもらえば大丈夫だからさ」
「良いの? ありがとう……」
「立花さん。無理しないで……」
「……!」
藍は思いがけない言葉に声を震わせた。
「ありがとう……」
二人は改札を抜けた先で別れた。
学校に着くと、藍は桜の席を呆然と眺めた。クラスのみんなは桜が行方不明であることを知らないので、もちろん誰も桜の心配はしていない。藍が席に座ってスマホを見つめていると、突然黒い影が藍を覆った。ギョッとして顔をあげるとそこには案の定三上がいた。背後の生霊の黒い靄が大きくなったのか異様に靄が濃く見える。生霊は目玉をギョロリとむき出して舌を垂らしていた。藍は生唾を飲み込んでから三上を見つめた。
「今日、大丈夫?」
三上の一言に何のことかわからず、藍は目を瞬かせた。
「え?」
「えって……昨日話せないか聞いただろ?」
「あ……ごめん。無理」
「無理? 何で?」
「無理なものは無理なの」
藍が三上から目を逸らした途端に三上の表情は険しくなった。
「自分から話したいことがあったら……とか言っておいてそれかよ?」
「……今日は無理なの。また他の日……」
藍は机の引き出しを漁りながらぶっきらぼうに答えた。
「もう、いいよ」
三上は明らかに怒って席に戻ってしまった。藍も、自分が適当なことをして悪いことは重々承知しているが、桜のことでショックを受けていたし、放課後に白谷に会うのに三上となんて約束したくなかった。生霊は、三上の背中から、ギョロッとした目で藍を睨み続けている。藍は限界を感じて拳を握りしめ背中を震わせた。
(こっちを見ないで! どこかえ消えてよ!)
藍は目を閉じた。背中がゾワリと震え、離れているのに、生霊がじわりじわりと近づきてくるようなそんな気味の悪さに耐えられなくなった。
「やめてよっ!」
藍は絶叫するなり荷物を持って教室を飛び出した。
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