第21話
藍は平静さを取り戻すとなんとか食事を終えて十八時半に店を出た。外はすっかり暗くなってしまっているが雨風は弱まっていた。
「マンションまで送っていくよ」
「え……! いいの?」
「もう暗いから当たり前」
笑顔で言う白谷を見ていると、先程の恐怖心は薄らいでいく。
「じゃあ、お願いします」
二人はマンションまで並んで話しながら歩いた。白谷といると、藍は優しい気遣いも感じられるし楽しくて、あっという間にマンションに着いてしまった。別れるのが寂しいくらいだった。
「良かったら、明日も会わない?」
白谷は恥ずかしそうに藍を見つめた。
「……! うん」
「じゃあ、明日も駅で待ってるよ。連絡してくれる?」
「もちろん」
二人はエントランス前で数秒間見つめ合った。それは、一瞬の時間だったが藍には時が止まったかのように感じた。
「また、明日ね!」
「送ってくれてありがとう」
藍は手を振って歩く白谷の後ろ姿をいつまでも見つめた。
家に帰るなり、藍は桜にメールした。
『連絡先交換しちゃった! 明日も会おうって言ってくれたよ!』
桜からは、しばらく返事が無かったので藍はリビングに向かうとテレビを付けて母の帰宅を待った。
「ただいまぁ。雨すごかったよ」
母は十九時過ぎに帰宅した。
「おかえりなさい。そうなの? 帰り道は小雨になってたから」
「明日も天気悪いみたいだし嫌になるわ」
「あ、今日ご飯食べてきたからいらない」
「そうなの? じゃあ、おつまみとお酒で楽しちゃお〜」
寝る前に、藍はベッドでゴロゴロしながら桜の返事を待ったが、結局桜からは返事が来なかった。代わりに白谷からメールが来て、藍はルンルンでやり取りをしていた時、母が部屋をノックした。
「……藍! 警察の方が来てるわよ」
「……? 警察?」
藍が慌ててパーカーを羽織って部屋から出ると、母がただ事ではない様子で玄関へと誘導した。
「桜ちゃんがまだ帰宅してなくて、捜索してるらしいの」
「え? えっ! 桜が?」
藍は慌てて玄関に向かうと小太りの警察官と、その後ろに痩せた長身の警察官が立っていた。
「夜分遅くにすみません。相田桜さんのことで何点かお伺いしたいのですが」
「はい」
「何時頃相田桜さんとは別れましたか?」
「私達、カラオケで別れて十七時半くらいだったと思います。相田さんは、榊原篤君とご飯に行くと話していました」
「榊原篤……それは、誰ですか?」
「中学の同級生です。私と相田さんと、榊原君と白谷雄也君の四人で駅の近くのカラオケに行って一時間過ごしたあとに別れました」
「別れたあと何か連絡は来ていませんか?」
「何も。一度メールを送ったのですが、その返事もありません」
「……そうですか。その榊原篤の連絡先や住所はわかりますか」
「わかります」
母が返事をした。
「ちょっと探してくるので、お待ち下さい」
藍は気まずかった。母に男の子と遊んでいたことを知られて咎められるかもしれない。
「おまたせしました」
母が持ってきたのは、中学校のときの連絡網だった。それを渡すと、警察官はメモを取って母に返した。
「ご協力ありがとうございました。また何かありましたら聞きに来るかもしれませんがよろしくお願いします」
「はい」
警察官が出ていくと母はため息を付いた。
「急に警察が来たから何事かと驚いたわ」
「うん……」
「桜ちゃんどうしたのかしら……早く見つかると良いわね」
「うん……」
「さっき話していた榊原君も白谷君も陸上部の子よね? 小学校も一緒だったからよく覚えているけど、二人は悪い子じゃ無かったし……変な事件に巻き込まれてないといいけど」
「心配だよ」
「何があったのかわからないし、明日は下校後は真っ直ぐ帰宅して。いい?」
「……わかった」
母はリビングに戻って行った。返事はしたものの、真っ直ぐ下校する気などさらさら無かった。藍は自室に戻るとすぐに、白谷に事の顛末を伝えた。
『さっき、警察官が来たんだけど桜がまだ帰宅してないんだって! 榊原君はもう家に帰ったのかな?』
すぐに返事が来た。
『え? そうなの? 聞いてみる!』
暫くして、返事が来た。
『二人は駅で十九時半過ぎに別れたってよ』
返事を見て藍は不安になった。榊原君も桜の行方を知らないのならば事件に巻き込まれた可能性が高くなる。
『そうなんだね。聞いてくれてありがとう』
―――
深夜、藍は不安でベッドの中でゴロゴロと眠れずにいた。スマホを見ては画面を消してを繰り返していると、リビングから母の声が聞こえた。
「はい……はい……すみません。うちにも警察の方が見えましたが藍は夕方には桜さんとは別れていて、その後はわからないそうです。はい。はい……一緒にいた男の子? 小学校、中学校の同級生の子ですよ。覚えていませんか?榊原君も白谷君も同じ部活で……えぇ、なんで一緒だったのかは知りませんが」
桜の親と電話をしているようだ。藍は聞き耳を立てた。
「えぇ、きっと、見つかりますよ……すみません。藍にも話しておきます」
ピッと言う音が廊下に響いた。通話が終わるとペタペタと寝室へと足音が向かいドアの閉まる音が聞こえる。
(桜のご両親怒ってるのかな……)
桜の家は昔から何度も遊びに行って、ご両親とは何度も会っているし、とても良くしてもらった。桜も一人っ子なので心配なのは当然だろう。藍は胸が締め付けられた。
藍がうつらうつらしていると、真っ暗闇の部屋の片隅で黒い靄が揺れた。疲労と眠気で意識が混濁していて、半ば金縛りに合ったように薄っすら目を開けたものの体が動かない。部屋の隅の方が異様に黒い靄に覆われて、そこに何があるのかはハッキリと見えない。
(また……三上君の生霊?)
頭にキーンと嫌な金属音が響きズキズキと頭が痛む。だが、靄はずっと隅で揺れているだけけでその全容を明かすことは無く藍は眠りに落ちてしまった。
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