第20話

 生霊を夢にまで見るようになってしまった。ベッドに転がってスマホを開くと桜からメールが来ていた。 


『明日、榊原君と白谷君も部活中止だろうから駅で待ち合わせて遊びに行こうって。学校終わったら直でおけ?』


 すぐに返事をする気にならず、しばらく放置していたものの気を取り直して返事をした。ここで一人で悶々としていて仕方がない。


『おけ!』


 喜ぶ兎のスタンプが送られてきたので藍はドキドキのハートのスタンプを返した。寝る前に電気を消すのが不安で電気を付けたまま眠りに着いた。また生霊の夢を見たらどうしようかと不安もあったが、結局朝まで何事もなく過ごした。


四月十六日(火曜日)


 朝、マンションのエントランスを出ると、朝から土砂降りで藍はお気に入りの水色の傘をさした。両親から誕生日にもらったブランド物の傘だ。


「よぉ」

「あ……三上君……」


 後ろから三上に声をかけられてビクっとしてしまった。三上が先を歩くと背中の黒い靄が嫌でも目についた。今日も変わらず、藍の方を睨んでいる。


「おはよう」

「これじゃ、今日は部活は休みだな」

「そうだね」


 藍は三上の少し後ろを歩いた。


「今日放課後予定ある?」

 三上はそう言うなり笑顔で振り返った。

「え? なんで?」

「ちょっと」

「今日は予定あるんだ」

「じゃあ、明後日は?」

「明後日? 何の用事?」

「まぁ、ちょっと」

「明後日は何も無いけど……」

「じゃあ、明後日俺んち来ない? この前、立花が言ってたこと考えたからちょっと話したいんだけど」

「うん……」


 藍はチラリと生霊を見ると、藍の真横にズイズイと近付き白目をむき出した。藍はウっと顔をしかめて違う方向を見た。


「行けたら……」

「わかった」


 駅に着くと、桜がいたので藍は足早に三上と別れた。


「おはよー!」


 桜は朝から幸せそうだ。


「おはよ」


 桜は三上がホームへ向かったのを確認すると小声で話し始めた。


「ねぇ。思ったんだけど、白谷君と会うでしょ? 三上君はいいの?」

「いいのも何も……三上君は近所なだけだよ」

「よし。じゃあ、放課後を楽しもう!」


 放課後、二人はホームルームを終えると一目散に教室を出た。藍は電車内で髪型を直して鞄からリップグロスを取り出して塗った。桜がビューラーをしながらため息をつく。


「週末ならバッチリお化粧して会うのになぁ」

「私、グロスしか持ってないから今度買いに行こうかな?」

「お。気合い入ってるね〜」

「そんなんじゃないけど……」


 電車を降りると別の車輌から三上が降りて先を歩いていくのが見えた。藍は三上に話を聞くといったのに無碍な態度を取ってしまったことに後ろめたさを感じた。


 二人は改札を抜けて駅の入口に向かうと、既に榊原と白谷が立って待っていた。二人は紺のブレザーでネクタイを締めていて、中学の頃よりも遥かに大人びて見える。藍は白谷を見るなり赤面した。相変わらず二重パッチリの可愛らしい顔つきだが、細い体型と制服が似合っている。何より笑顔でこちらを向いてくれている。


(カッコ良すぎる!)


 藍は蒸発しそうなほど体が火照った。


「榊原君! おまたせ!」


 桜は全く緊張していないらしく笑顔で手を振っている。


「よお。久しぶり」

「雨だし、ゲーセンでも行こうか。それかカラオケとか」

 

 話し合いの結果、四人はカラオケに行くことになった。桜は榊原と自然に話している。藍は緊張したまま白谷の隣を歩いた。


「立花さん、陸上部続けてるの?」

「うん。長距離」

「そっか。俺も高跳び続けてるよ。それから長距離も練習してるよ」

「長距離はどう?」

「長距離は苦手だな〜」


 白谷は輝くような笑顔で笑った。藍は思わず時が止まったように見惚れてしまう。

 駅から歩いて十分ほどのカラオケに到着すると四人は広めの個室を一時間取った。ドリンクバーのあるカラオケなので藍と桜は連れ立って取りに行った。


「ねぇ、ねぇ、久しぶりに会ったら二人とも垢抜けたというか、めちゃカッコ良いよね?」


 桜は嬉しそうにはしゃいでいる。


「うん。驚いちゃった」

「藍も緊張せずに話せるみたいだし?」

「緊張はしてるよ! でも、せっかくだからね」


 四人は一時間たっぷりカラオケを楽しむと店を出た。桜と榊原君はこれから二人でご飯でも食べに行くと、駅とは逆方向に向かっていった。


「俺達もご飯食べていかない?」


 まさかの白谷の言葉に藍は驚きつつも笑顔で頷いた。二人はカラオケの近くにあるファミレスに入った。白谷はピザとハンバーガー、藍はタラコのパスタを注文した。


「連絡先交換しない?」

「うん。いいよ」

「立花さん、俺のこと嫌いなのか避けてるのかと思ってたよ」


 連絡先の交換が終わると白谷は笑いながら話し始めた。


「どうして?」

「中学の時、話しかけても逃げちゃうし」

「逃げてないよ!」

「逃げているように見えたから」

「そんなことないのに」

「それなら、嬉しいけど」


 いつの間にか緊張は溶けて自然に話せるようになっていた。それに自然な笑顔でいられる。


「良かったら今度、二人で会わない?」


 藍は胸がときめいた。白谷のまわりがハートで埋め尽くされすべてが煌めいて見える。


「うん。でも白谷君は大丈夫なの? その……彼女さんとか……」

「いない、いない。あ、立花さんは?」

「いないよ」

「じゃあ、土曜日ね。どこに行く?」


 白谷の声を聞きながら、突然、藍は背筋が寒くなり目を見開いた。チリチリと全身が総毛立ち、笑顔が引き攣る。背後から何かが迫ってくるのを感じた瞬間、黒い影が藍を覆った。


 後ろから足音が聞こえるのと同時に黒い靄が藍の背後に見えた。振り返ると、冷たい笑顔の三上がそこに立っていた。黒い靄に包まれた生霊は昨日と同様、怒気に満ちた表情で藍を睨みつけている。


「どうしたの?」

 

 白谷の声で藍はハッとして正面を向いた。手が震える。


「お待たせいたしました。たらこパスタともちチーズピザとハンバーガーです」


 カートを押して注文を運んできたのはバイト中の三上だった。キッチンの制服らしきものを着ていて、笑顔で藍を見ている。


「三上君……」

「よぉ」


 三上は手際よく注文の品をテーブルに並べると、伝票を確認してテーブルの上に置いた。


「ごゆっくりどうぞ」

「あ……ありがとう」


 三上の去り際に後姿を見ると、黒い靄に包まれた三上の背後が見えた。生霊は首をぐるりと回して藍を睨んだままだ。


「友達?」


 白谷の言葉に藍は作り笑いを浮かべながら返事をした。


「うん……隣に住んでいるご近所さん」

「へぇ〜。立花さんのご近所さんか」


 白谷はすぐに注文の品に視線を落とし、カタカタかと震える藍には気付かなかった。

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