第18話

「入っていいの?」


 三上は座椅子に座ると床に散らばった教科書類やゲームを片付けながら、目で藍にも座るよう促したので、藍は向かいの座椅子に座った。


「まさか……一人暮らししてるなんて……」

「中学三年の時に親が離婚して母親と姉は、母親の実家に帰ったんだ。父親は愛人と住んでる。だから俺はここに一人で住むことになった。厄介払いさ」

「そ……そうなんだ」


 複雑な家庭環境が彼の生霊を生み出したのだろうか。藍は話を聞きながら考えを巡らせた。


「ここ、めちゃくちゃ安くて。詳しくは知らないけどここ事故物件なんだろ? もしかして、詳細知ってる?」

「……うん。ここは、昔は私の友達の家だったんだけど、お母さんが子どもを絞殺してお母さんは自殺したの。しばらくお父さんは住んでたけど、退去してからは賃貸として貸し出しているよ」

「けっこうガッツリ訳あり物件だな。相場の半値だったのも納得できるわ。それに、これまで二家族入居したけど、みんな更新で退去してるよな」

「でも、いわくつきとは言っても何も出ないでしょ?」

「お化けってこと?」

「うん……」

「そんなの、いるわけ無いだろ」


 三上は笑った。


「それで、そっちは何話したかったの?」

「え……と一昨日はごめんなさい。三上君は口は悪いけど、部活は真面目にやってるし、学校もちゃんと来てるし、こうして一人暮らしもしっかりやってるのもわかった。しかも、バイトもしてる」

「はは。褒めに来てくれの?」


 三上は床の物を近くのチェストに押し込んで藍の方を見つめた。三上の後ろの生霊は無表情でこちらを見つめている。


「どうして……。どうしてそんなに辛いものを背負っているの?」

「は?」

「何か背負っているように視えるのは……どうしてかな?」


 三上は驚いた顔をした。


「別に私に話さなくても良い。だけど……三上君が無理しているなら見過ごしたくない」


 三上は面食らったような顔をして立ち上がると窓を開けてサンダルを履いてベランダに出た。ポケットから煙草を取り出すと、手摺りによりかかりこちらを向きながら吸い始めた。ベランダには缶がおいてあって、そこに煙草を捨てているようだ。しばらく吸ったあと、三上は真顔で話し始めた。


「俺のこと、立花に関係ないだろ」

「うん……そうなんだけど」

「別に背負うようなものは何もないよ。気ままに一人暮らしして仕送りもらいながらバイトもしてるし。自由気ままだ」

「じゃあ……どうして……」


 どうして未来に気持ちがむかっているのに生霊が憑いているのか問いたかったが、藍は諦めた。そんなことを藍が話しても三上に響くとは思えなかった。


「じゃあ……何かあったら私のところに話しに来て」

「は?」

「何にもできないかも知れないけど、何かはできるかも知れないから。それだけ覚えておいて」


 藍はそれだけ伝えると「お邪魔しました」と言って立ち上がった。三上は煙草を缶にねじ込み、藍のもとにスタスタとやってきた。


「不思議な奴」


 三上は真顔で藍を見つめている。藍は靴を履くと玄関のドアを開けた。


「じゃ」

「じゃあな。あとな、これからは不用意に男の家には上がるなよ。これは、絶対だ」

「え?」


 三上はドアが閉まる瞬間、いつもより大人びた笑顔をしているような気がした。ドアが閉まった瞬間、藍は、茹でダコ並みに赤面していた。


四月十五日(月曜日)


 藍が駅に行くと笑顔の桜が待っていた。


「おはよう! 藍!」

「桜! おはよう」

「色々と心配かけちゃってごめんね。でももういっぱい泣いたし、藍と話したから大丈夫!」

「良かった。じゃあ、学校に行こう」


 電車の中でも桜はこれまでと変わらない様子で藍は安堵した。


 学校に着くとすぐに更衣室で着替えてから部活の朝練に参加した。そこには三上の姿もあった。長距離を丁寧に走っている。そして、早い。背中にはピッタリと生霊が憑いているが三上から感じるのは一生懸命で前向きな姿だ。藍は、三上より周回遅れでゴールした。


「早いね……」



藍は三上の隣まで駆け込んだ。


「もう、バテバテ」

「俺、三年で退部してからも朝とか夜に走ってるから」

「はぁ……なるほど。じゃなきゃそんなに早く走るのは無理だよね。三ヶ月後には最初の大会なのに……」


 七月の期末テスト開けには地区の陸上大会があり、陸上部全員がそこに参加する予定だ。


「体力つけなきゃ無理そうだな」


 三上はハハッと笑うと更衣室へ行ってしまった。その日の放課後の練習も藍はバテていた。足なんて筋肉痛になりかけている。


「藍、おばあちゃんじゃないんだから」


 桜が笑う。

 

「マンション……エレベーターじゃなくて階段で上り下りしようかな……」


 藍は、ガックリと肩を落とした。部活中に、空が曇り始め雨が降り出してしまい部活が中断になった。藍と桜は傘を持っていなかったので慌てて学校から駆けだした。途中のコンビニでビニール傘を購入するといつも通り二人で並んで帰宅した。帰り道に電車で天気予報を見ているとこれから雷雨になるマークが付いている。その上、明日と明後日は一日雨マークが付いている。


「雷は最悪だね。停電にでもならないといいけど」


 隣でスマホを見ていた桜が呟いた。


「これじゃ、明日も明後日も部活は中止だね。もお、遅れを取り戻さなきゃいけないのに」

「まあまあ、一日二日では変わらないから」


 桜は久しぶりの部活にもかかわらず好成績を記録していた。皆が陰で練習しているのだと思うと藍は自分の怠慢な練習不足にがっくりと肩を落とした。


「あ、そうそう、中学校の時に一緒の陸上部だった榊原さかきばら君と白谷しろたに君いるでしょ」


 桜は顔をあげると満面の笑みを称えている。二人は同じ中学校、同じ陸上部出身の男子で榊原篤さかきばらあつしはハードル、白谷雄也しろたにゆうやは高跳びの得意な選手だった。




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