第17話

 自室に入ると、先程雑貨屋で買ってきた文房具を取り出した。小学生の頃から文房具好きなのは変わらず、机の引き出しにはお気に入りの文房具が並べられている。今日は、シャープペンシルと透明の消しゴムを購入した。最近の文房具の進化はすごい。シャープペンシル一つとってもシャー芯が回って尖り続ける物や芯が折れにくいもの、芯の太さも極細の物から選べる。消しゴムも透明のものや温度によって色が変わるものまである。


 藍は満足そうにそれらを眺めてから机の中に仕舞うとスケッチブックを取り出した。早速、今日の三上の生霊を記録した。


 あの時、三上の生霊は三上には憑いていなかった。生霊だけが藍の近くにまで寄ってきていた。これは、初めての経験だが本来ならば生霊は自由に浮遊出来るものだろうと藍は思った。


 まず、知沙ちゃんのお母さんは、我が子を殺して自殺する直前に生霊が現れた。もしかしたら、藍が気づかなかっただけでもっと前から生霊が取り憑いていたのかもしれないが。


 次に浮浪者は川に投身自殺する前に藍のもとに現れた。そして、冬樹君は階段から落下して死ぬ数日前に生霊が現れたし、愛莉の父親も自殺の数週間前に生霊が現れた。


 規則性は読み取れない。だが生霊達は全員死の前に現れている。もしかしたら視える自分に助けを求めているのかもしれない。

 きっと、三上はもうギリギリまで追い詰められているに違いない。藍はスケッチブックに記録を描き終えると顔を上げた。そして、三上と向き合ってみようと決意し瞳を伏せた。


 その日の晩、藍はベランダに出た。三上に会えることを期待していたが、三上はいなかった。


「バイトかな……」


 椅子に座って夜空を眺めると、かなり細くなった三日月が見える。


「藍? 湯冷めするから部屋に入りなさい」


 母がリビングから声を掛ける。


「はい」

「明日、買い物にショッピングモールまで行くけど、藍も行かない? お昼も食べようかと思って」

「……うーん。明日は課題とかやらないと。二人で行ってきて」

「そう? 残念。じゃあ、来週の土曜日に映画でもどう?」

「面白い映画でも上映しているの?」

「探しておくね!」


 子どもじゃないから一人で自由に行動したいし放っておいてほしいが、これまでに色々と心配をかけたことを考えると無碍むげに返事は出来ない。


「いい映画が上映してればいいけど。そういえば。隣の部屋に高校の友達が越してきたよ」

「え? そうなの? 知らなかった」

「先月越してきたんだって」

「じゃあ、今度ご挨拶に行ったほうがいいかな?」

「え? 落ち着いたら向こうから来るんじゃない?」

「そうねぇ。さ、リビングに入って」

「部屋に戻るよ」


 藍は両親に「おやすみなさい」と告げると、ベッドの上でスマホで動画を見たりSNSを見ているうちにうつらうつらして眠ってしまった。


四月十四日(日曜日)


 翌朝、藍が目覚めるのとほぼ同時刻に両親は買い物に出かけた。


「行ってらっしゃい」

「お昼は冷蔵庫にあるものを適当に食べて良いから。朝ごはんはテーブルにパンとか置いてあるから」

「大丈夫」


 二人が出かけると朝食を済ませてから身支度を整えた。それから、昨日ずっと考えていたことを実行に移すことにした。それは、三上と話すことだ。

 

 家を出て数分間。急に行くことに不安を感じ、緊張とやっぱりやめようかと一人で押し問答を続けた後に意を決してインターフォンを押した。


『立花?』


 驚いたような声で三上が応答した。


「うん。立花だけど」


 三上はインターフォンを切ると足音がドタドタ聞こえた後に玄関のドアを開けた。黒いTシャツに黒いスキニーを履いている。さすが長距離選手なだけあって細身だ。それに引き締まった筋肉が付いている。相変わらず背中には黒い靄に包まれた生霊が取り憑いていた。昨日は生霊が狂気的な表情をしていて怖いと思ったのに、今日も変わらず怒気を称えて藍を睨んでいる。


「何……?」


 拍子抜けしたような顔をしている。


「突然来ちゃってごめんね。一昨日、私が一方的に言っちゃって……申し訳なかったなって思って……ちゃんと謝りたくて」

「そのことか? 気にするようなことじゃないし。不良なのは当たっているから」

「そんなことないよ。それに、部活にも来なかったからちょっと心配で。本当にごめんなさい! それと……他にも話したいことがあったからさ」

「は? まさか……俺んちで話すとか言うのか?」

「まさか……! ここで大丈夫。玄関先で」


 藍はブンブンと手と顔を振った。その時、エレベーターの音が響いて二人は同時にそちら側を見ると近所の人がエレベーターに乗り込みながら二人を見ていた。藍が会釈すると、その人も会釈してからエレベーターに乗り込んだ。


「廊下だと、近所の人に会うから外はどう? 近くの公園とか!」

「まぁ、誰もいないし入ってもいいよ」



三上は部屋を指さした。


「俺、ひとり暮らしだから」

「……え? ひとり暮らし?」


 三上が、家に入って行ってしまったので藍は戸惑いながらも後ろから後を追った。玄関に入ると、昔よく遊びに来ていた知沙ちゃんの家を思い出した。藍の家とは構造が逆で入ってすぐ右側にトイレその先に洗面所とお風呂場、左が寝室と子供部屋、正面にキッチンとリビングがある。


 当時はおもちゃや絵本がたくさんあったリビングには、今では小さなテーブルと座椅子が二脚あり、テレビとゲーム、それから鞄や教科書類が適当に置かれていた。男の子の一人暮らしにしては物が少なくて綺麗に思えた。お風呂場の前を通った瞬間、背筋がゾクリとした。ここで知沙ちゃんは絞殺されて亡くなった。あの事故以来、この部屋に来たのは初めてだ。

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