第16話
自室に戻ると桜から返事が来ていた。
『授業内容教えてくれてありがとう。月曜日は行くね』
『じゃあ、月曜日。いつも通り駅で会おうね』
スタンプと一緒に送信した。
『昨日は急に押しかけちゃって話を聞いてもらった上に泣いちゃってごめんね』
『全然! いつでも頼っていいからね』
『もし良かったら明日会えない?色々話したくて』
『いいよ!』
翌日は休みなので二人は遊ぶ約束をした。
――――
夕食のとき、母から『タバコ臭くない?』と聞かれたが、藍は慌てて『電車で煙草臭い人がいたから!』と答えた。シャワーを浴びて自室に戻ると、ベッドに転がって藍は自分がこれから何をすべきなのか考えながら生霊について詳しくネットで調べた。
やはり生霊は怨恨の果てに現れるものとする説もあり、死の間際に肉体から精神が離れて浮遊するものとする説もある。これまで藍が視てきたものは後者だろう。四人とも生霊が視えた後に自殺をして亡くなっている。それから、生霊がどうしたらいなくなるのかを検索したがお祓い以外の明確な答えはわからなかった。というよりも生霊を発している人間がそれを自らの肉体に再び取り込むしかない。どうすれば三上を助けられるか確信は無かったが、いよいよ自分の中でこれからどうしたいのかがハッキリと見えてきた。
(多分……私は三上君の生霊を消したいんだ)
今までに芽生えたことのない感情だった。彼のことはよく知らないし、煙草を吸う不良だし、藍はただの女子高生で霊を祓う力など持っていない。
三上は本当は真面目だし口は悪くてもいい奴だ。もし、このまま放っておいて死に追いやられてしまうのを傍観するだけでは後悔するかもしれない。それに、今後生霊を視たときも何もできず、その人の死を見届けることしか出来無くなってしまうかもしれない。
そこまで考えて藍は頭をふるふると首を横に振った。確実に、少しずつ藍の中で生霊に対峙する気持ちが変わっていた。
四月十三日(土曜日)
十一時に駅で待ち合わせて桜に会った。一日会わないだけで久しぶりに感じるし、なんだかやつれように見えた。
「もう。昨日で吹っ切れたよ」
「……私がいるからね! 大丈夫だよ!」
藍は無理矢理笑顔を作って桜に微笑んだ。
「ありがとう! 持つべきものは友だ。それに、新しい恋も! 新しい恋もするぞ……!」
天真爛漫な桜も、さすがに失恋が応えたのかカラ元気なのはわかる。それでも、前向きで良かったと藍はほっと胸を撫で下ろした。
「そうだよ! 新しい恋だよ!」
二人は並んで駅を出ると近くのファミレスに向かった。ドリンクバーがあれば何時間でもぶっ通しで話せる。ふと、歩きながら桜が意外な言葉を口にした。
「あ、三上君は彼女いるのかな?」
「……え? ……さぁ……知らないなぁ。……あ、でも前にマンションの前で女の子と話してたな」
「そうなの? まぁ、顔はイケメンだよね。もうちょっと背が欲しいけど」
「もう。またそのことを」
「まぁ、冗談抜きにしても彼女がいてもおかしくないよね」
はたと藍は考えた。あの時の女の子のことを忘れていた。彼女を朝から泣かせるような男は嫌だ。思わず口を尖らせて考えに耽ってしまった。
「ちょっと、藍ってば変な顔」
桜が藍の顔を指差して笑っていた。
駅の近くのファミレスに到着すると、桜は延々と稔のことを話したあと、学校や部活で誰がイケメンだとか、誰が優しいとか話していた。藍が聞きながら窓の外を眺めていると、視界に黒い靄が入った。瞳を瞬いて見直すと、三上が信号待ちをして歩道に立っている。
「あ、三上君だ」
「え? どこ?」
「ほら、リュックを背負って白いティーシャツにデニム履いている男の子」
「よく後ろ姿だけでわかったね?」
「だって、ほら。黒い……」
「黒い……?」
危うく黒い靄が見えたと言いそうになった。
「……あの黒いリュックに見覚えが」
「へえ」
三上が歩き出すと、背後の真っ黒な靄が煙のように揺れる。生霊は周りをキョロキョロと見ていた。いつも怒っている顔つきの生霊だが、今は白目を剥き出して周りを見ている。異様に黒目が小さく見えるのは生霊の共通点なのだろうか。
「バイト……かな?」
「三上君バイトしてるの? どこで?」
「さぁ……」
再び桜が話し始めると、藍は異様な気配を感じ取った。窓側からじっとりとなにかに見られている。
黒い靄が視界の端に映る。ジリジリと視線が迫って来る。グラスの氷が沈んでカランと音を立てた。その音にハッとして思わず窓を見ると、窓ガラス越しに三上の生霊がこちらを見つめていた。白目を剥き出して、小さな黒目で一心に藍を見つめている。
「……いや……っ!」
藍は顔を覆って叫んだ。
「……藍? どうしたの!」
近くの席にいた人や桜が驚いている。藍は指の隙間から窓を覗くと、三上の生霊はいなくなっていた。
「ご……ごめん! 窓の近くに虫がいたの! 驚いて叫んじゃった!」
「なんだぁ。驚かさないでよ。大丈夫?」
「うん。もういないみたい」
咄嗟に嘘をついて笑顔を取り繕った。
「じゃあ、デザートでも食べたら、どっか買い物でも行かない? これだけ食べて飲んだのに歩かないと太っちゃうわ」
「うん……そうしよう」
二人はデザートを完食すると、ファミレスを出た。それから、本屋やゲーセンでUFOキャッチャーをしたり、雑貨屋を見てから帰宅した。今日は両親は仕事が休みなので、二人とも暇そうにリビングでくつろいでいた。
「ただいま」
「おかえりなさい。おやつでも食べる?」
「お腹いっぱいだからいいや」
藍はまっすぐ自室へと向かった。
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