第14話

 二人は二時間遅れで学校に到着した。あれからしばらく駅から出られず、迎えに来た桜のお母さんが二人を高校まで送ってくれた。


「信じられる? 朝からだよ! 人身事故に出くわすなんて驚きじゃない!」


 桜は、稔のことはすっかり忘れてお母さんに身振り手振り話していた。


「しかも、隣にいた人が! グチャって聞こえたし! ねぇ藍は大丈夫?」

「大丈夫」

「あの時私が飛び込む瞬間が見えないように引っ張ってくれたの?」

「……うん。男性が飛び降りようとしたのが分かったから……」

「嘘〜。怖いところ見ちゃったね。ありがとう」

「どういたしまして……私は本当に平気だから」


 藍は微笑んだ。頭の中では男性がこっちを向いた直後に飛び込んだ瞬間を何度も思いだしていた。藍には不可解な点があった。どうして、あの人には生霊が視えなかったのだろうか。自殺を覚悟して死期が迫っていたら視えても不思議ではないし、何か嫌な予感はあった。なのに、何も視えなかった。答えの出ない謎が頭の中を堂々巡りしていた。


 学校では、電車の遅延のため来てない人が数人いた。三上もまだ来ていない。


「遅延したからねぇ」


 桜が鞄を机に置いてから藍の隣に現れた。


「え?」

「三上君でしょ?」



 藍は赤くなった。


「何人か来てないなって」

「さっき、電車の情報調べたらまだ復旧してないみたいだよ。いい迷惑だよね。朝から人身とは」


 藍は頷いた。


「稔君にメールしたらさ、大変だったねって返事来たよ!」

「仲直りできたの?」

「まだなんだけど、気遣ってくれたことが嬉しくて」


 桜は嬉しそうにスマホを握りしめた。


 昼休み、遅延した路線の電車でやって来た生徒が続々と教室に現れた。口々に文句を言っているが、「三時間も待った」とか「待っている間暇だった」がほとんどの感想だった。藍は三上が人身事故を目撃しなかったか不安で思わず話しかけに行った。


「三上君」


 三上は藍を見ると片手を上げた。相変わらず本人は元気そうなのに背中には怒気に包まれた生霊が憑いている。


「朝……大丈夫だった?」

「そのせいで今到着」

「その……ちょうど乗車予定の電車だったから……見ちゃった?」

「あぁ。見た見た。すげぇわ。あれって即死なんだろ? あれだけグチャグチャで無痛で死ねるって本当かよって思うね」


 藍は三上の返事を聞いてドキリとした。貴方にも悪いものが憑いてるのに大丈夫なのって言いたくなる。


「大丈夫?」

「別に」


 三上はスマホを出して何かを見始めたので藍が席に戻ろうとすると、ギュッと腕を掴まれた。


「立花も見たんだろ? ちょうど通学に行く時間の電車だったから」

「う……うん」

「そっちこそ、大丈夫なの?」


 三上は藍の腕を離した。


「大丈夫だよ」

「ふぅん。案外度胸あるのか」


 藍は返事に困り何も答えずに席に戻った。今はただ、あの瞬間を見てしまったことに興奮と同様が入り交ざっているだけで度胸があるわけではない。藍の頭の中で、あの瞬間が何度も反芻した。


 放課後、雨のために部活が中止になって藍は桜と下校していると今日も校門まで稔が来ていた。なんとなく気まずそうにしているが、稔は笑顔を取り繕って話しかけてきた。


「二人とも今朝は大丈夫だった?」

「み……稔君」


 桜は、嬉し泣きしそうな顔をしている。


「私、先に帰るから二人でデートでもして来たら?」

 

 桜が嬉しそうに頷いたので藍は二人に手を振ってから歩き出した。駅に着くと構内の本屋に三上がいるのが見えた。三上の背後は黒い靄で覆われ大きな影に取り憑かれているようだ。藍は唇を噛んだ。今朝の人身事故のせいで嫌な予感しかしない。


「三上君!」


 藍は思い切って本屋に向かうと三上に声を掛けた。


「あ、立花」

「何読んでるの?」


 三上は週刊漫画誌を棚に戻して怪訝そうな顔をした。


「何でもいいだろ。友達は?」

「あ……稔君とデートに行ったから」

「あいつ、本当に女好きだよな。何股もしてるくせに」

「え……? 今なんて言ったの?」

「聞こえなかった?」


 三上がホームに向かうと藍は慌てて後ろを追いかけた。


「ねぇ、今稔君が何股もしてるって言った?」

「あぁ。クラスにも彼女がいて、中学校の同級生とも付き合ってて、お前の友達とも付き合ってるんだよ」

「本当なのっ?」


 藍は思わず大きい声を出してしまった。


「うるせぇな。本当だよ。それにお前のこともゴチャゴチャ言ってたぜ」

「私のこと? なんて?」

「面と向かって言えないようなこと」

「……最低」


 ホームに電車が到着した。二人は電車に乗ると入口付近に立った。


「ねぇ。どうにかしてよ。稔君友達なんでしょ?」

「どうにかって、どうするんだよ? あいつがどうしようと俺は関係無いだろ。それに、立花自身にも何の関係もないことだろ」

「そうはいかないよ。桜は親友で騙されてるもん。聞かなきゃよかった」

「いいか? 俺たちは女子みたいにゴチャゴチャ言うような友達じゃないんだよ。一緒に遊んで飯食って帰る。それだけ」

「はぁ。いいよね。男子は」

「まぁ、でも立花のことは言わないように言ってやるよ」

「……ん? そこ?」

「手を出すなって言っておくよ」


 三上はニヤっと笑みを浮かべた。


「そんなこと言ってもらう必要ない」


 藍は三上の後ろの生霊を見つめた。黒い靄の中から藍の事を睨んでいる。


「立花って、俺の後ろばっかり見てるよな」

「え……そ、そう?」

「何か後ろにある?」


 三上がぐるっと後ろを向いた。その態勢のまま鋭い目付きで藍を射抜くように見つめる。


「何にも」

「ふぅん……」


 三上は電車を降りるとさっさと先に帰っていった。残された藍はしばらくドキドキしながら少し遅れて駅を出た。

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