第10話

 冬樹君のことは衝撃的な事故でありながら子供たちとは残酷なものですぐに冬樹君のことは忘れてしまった。藍の両親と冬樹君の両親は学校や警察も交えて話し合いをしたそうだが藍はその話し合いがどんな決着を着けたのかはハッキリとは知らなかった。


 両親から聞いたことは『向こうのご両親は子供に無関心だった。こちらにはしっかりと謝罪はしてもらったが釈然としない部分もある』ということだった。藍はしばらくあの階段を通るたびにあの日の事を思いだしたものの子供心とは不思議なもので自分が無事なら冬樹君の死は大したことではなかった。


 藍は入院中に初めて『お化け』の正体について考えた。当時、ネットは今ほど普及しておらず、携帯も持っていなかったため自分の頭の中で考えたことだが、あれは『お化け』ではないと結論に至った。お化けならば、死体の上にも見えていてもおかしくないのに、冬樹君の遺体の上からは『お化け』は消えていた。


 つまり、あれは『お化け』ではない。


 退院後にテレビで心霊現象の特集の番組の中では死霊について特集されていた。無念の思いのままこの世を去った人々が幽霊となって現れたり心霊写真に写っているという内容だ。藍にはそれがあまりにチープでくだらなく思えた。


「藍~そんなに怖いの見たら寝られなくなるわよ?」


 そう言う母の方が怖がってテレビを見ていた。番組の後半で生きている人の怨念から発生するものが『生霊』だとテレビで解説しているのを見たときに「これだ!」と直感で感じた。これまで藍にだけ見えていたモノは人の持つ怨念や情念といったドロドロとした感情が生霊となって現れて見えていたんだと確信した。その、怨念が何に対してで、どうすれば怨念をなくすことが出来るかなんてわからなかったが疑問は一つ解決した。


 誰かに話したい気持ちもあったが頭に怪我を負ってしまった状態ではまた脳神経外科に通院しなければならなくなりそうなので隠し通すと決めた。


――――


 四人目に生霊を見たのは中学一年生の時だった。それまで四年もの間、生霊を視ることなく過ごしていたので、もはや見えていたことが夢か幻かとさえ思い始めたころだった。

 

 当時、陸上部に入部して、三原愛莉みはらあいりという女の子と仲良くなった。愛梨は美少年のような顔立ちで、キリッとした瞳と高い鼻、笑うとエクボが出るイケメンな女の子だった。


 桜も一緒に仲良くなって、よく三人で練習したり、週末に買い物に行ったりした。そのうち桜の家や、藍の家にも行き来するようになり、一年生の一学期の中間テストの最終日、部活が休みで午前中に学校が終わったので初めて愛莉の自宅にお邪魔することになった。

 

 梅雨時のじめじめとした蒸し暑い日で、少し歩くだけでも汗ばむ陽気だった。


 愛莉の自宅は学校から徒歩十五分ほどの距離の賃貸アパートで、通り沿いから路地に入ってすぐ左手にある二階建ての灰色のアパートだった。オートロックなどはなく誰でも入れる造りになっている。アパートの周辺は昔からある住宅地で昭和の香りが漂うよう木造住宅が建ち並び、数件先には別のアパート、ずっと奥には古びた団地が見えた。アパートの壁沿いにはゴミステーションが設置されていて、曜日に関係無くゴミを出しているらしく放置されたゴミをカラスが荒らしてゴミが散乱していた。狭い階段を上り二階が愛莉の家だった。


 階段を上るとギシギシと音が鳴り手摺は所々錆びていた。アパートの一階、二階共に五軒あり、それぞれの部屋の前には牛乳屋さんの宅配ボックスやら、枯れた花の植えられたポットやら洗濯機やら何かしらがドアの前に置かれている。愛莉の家は二階の一番奥の家だった。愛莉には小学五年生の妹がいて、妹と相部屋だと聞いていたので、藍は姉妹の可愛らしい部屋を想像していた。


 家に入って驚いたのは家がゴミ屋敷だったことだった。玄関を開けた瞬間に臭気が漂ってきた。靴棚に入り切らない靴が廊下にまで散乱していていた。愛莉は慣れた様子で靴の上に乗って玄関に入ると、廊下の端に靴をおいた。桜と藍が困っていると愛莉が廊下の上に置いて良いと言う始末だったので、二人は玄関先のドア沿いに靴を置くことにした。


 入ってすぐ右手にトイレ、その先にキッチン、左手に洗面所とお風呂、その先に子供部屋がある。奥にリビング、リビングの左手に寝室がある構造だった。廊下にはたまったペットボトルや酒類の瓶や缶が袋詰めされているし、可燃ゴミの袋からは生ゴミの悪臭が漂っていた。ゴミの周辺には洗ったのかわからないような衣類や書類の束が置かれていた。キッチンは洗っていない食器や、コンビニの容器などがシンクに放置され、コンロの周りは、油が焦げ付いている。悪臭はキッチンが根源のようで腐敗臭と生臭い匂いが漂っていた。それに、ひどくタバコ臭い。


 藍はこんな光景を目のあたりにするのは初めてでショックと戸惑いが入り乱れていた。悪いとは思いつつ手で鼻と口を覆った。


 リビングには段ボールが積まれている。愛莉曰く数年前に引っ越した時の荷物をまだ開封していないのだそうだ。愛莉の部屋は姉妹の可愛らしい部屋という雰囲気ではないものの、他の部屋よりは片付いていた。簡易デスクが二つ並び、隣のチェストに教科書やノートが詰め込まれていた。それから二段ベッドがあった。愛莉が窓を開けて扇風機を付けてくれると蒸し暑さは少し和らいだ。網戸からは隣の住宅の窓が見える。 


「隣は老夫婦が住んでいるの。時々おじいさんがこっちを見ているから着替えたりするときは気をつけてるんだ」

「やだ。気持ち悪い!」


 桜が仰天して答えていた。三人は床に座りコンビニで買ってきた飲み物やお昼ご飯を広げながら気を取り直しておしゃべりを開始した。しばらくすると、キッチンの方から足音がした。


「今、足音が聞こえたけど誰かいるの?」

ドアの近くにいた桜が驚いて藍にくっつく。

「お父さんかな? 昨日夜勤だったから帰宅して寝ていたのかも」


 愛莉は部屋を出た。

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