第5話
部活が終わると顧問の先生から改めて一年生が呼ばれ、今日の結果や今後の目標について話を聞いてから下校となった。部活後の下校時刻は十八時で最近は段々と陽が伸びてきているものの外は薄暗くなっていた。
校門の外に桜の彼氏の稔が来ていた。桜と稔はすごくお似合いで、二人で一緒にいると絵になる。稔を見つけるなり桜は嬉しそうに駆けて行った。
「あれぇ。稔君! 部活は?」
「まだ入部してないからさ。あ、立花さん、久しぶり」
「久しぶり。元気そうだね」
「時間があったら、今から出かけない?俺の友達にも声かけるから」
「え……今から……?」
「よぉ、稔!」
藍の横を三上が通った。
「お。崇之。久しぶりじゃん」
「どしたの? デート?」
「カラオケでもどう? これから四人で」
「カラオケ……ねぇ……」
「俺の彼女とその友達と一緒にさ」
三上は後ろを確認すると明らかに嫌そうな顔をした。
「やめとくわ」
三上が帰ろうと歩き出すと稔は慌てて三上を引き止めた。
「じゃ、飯でも行こうぜ」
「今日のところは彼女と行けよ」
こうして、あっさり三上は退散したので結局、稔と桜は二人でカラオケに行くことになった。気を利かせたのか稔は藍も誘ってくれたが断った。藍は二人に手を振ると歩き出した。少し先を進んだ所に三上が歩いているのに気付き藍は一定の距離を保って三上の後ろを歩いた。
三上の生霊はずっと後ろを向いたまま藍の事を睨みつけている。暗がりでも、闇に紛れることなくくっきりと見えて、より不気味だった。藍がスカートをギュッと握りしめた時、三上が振り返った。
「あいつら、勝手に二人で行けばいいのにな?」
「う、うん。そうだよね。これで週末のダブルデートも無し確定だね」
急に振り返ったので藍は驚いて声が上ずってしまった。三上は気にする様子もなく、少し笑っていた。
「そんなの、元々行かねえっつうの」
「だよね」
二人は一緒に電車に乗って入り口に並んで立った。既に外は、藍色の空から、真っ黒な空に移り変わり始めている。三上は物憂げに外を眺めて遠くのほうにある黒雲を見つめていた。夜は雨の予報だ。藍は三上の生霊を見つめた。怒気に満ちた表情で、時折周りを見たり、藍を見ている。
(何で、三上君に取り憑いているの?)
そんな考えが頭を過ぎった。
(三上君にどんな悲しいことがあって、どんな不幸や災難が降りかかって生霊を生んでしまったの?)
考えていると三上が外を見ながら話し始めた。
「立花は……いるの?」
「え? いるって?」
「彼氏」
飲み物を口に入れていたら漫画のように吹き出すところだった。
「ない。いない」
藍は赤くなって首を振った。
「ふーん。友達にはいるのにねぇ」
「何その言い方。嫌な感じ。あ、三上君は今朝彼女といたでしょ。見たよ」
三上は驚いて藍を見た。
「……あいつは彼女じゃないから」
「じゃあ。どんな関係なの?」
「なんでもいいだろ」
「……確かにね」
電車が櫻田南駅に到着すると二人は歩き出した。櫻田南駅は住宅街の駅だが降りる人はまばらだ。駅を出ると突然三上が話し始めた。
「煙草の事は誰にも内緒な」
「……誰にも言ってないけど」
「じゃあ。それでよろしく」
「洗濯物に臭いが付くからあんまり吸わないでよね」
「あぁ。じゃあ俺はここで」
三上はマンションとは反対方向に歩いて行った。
「用事?」
「バイト」
「もうバイトしてるんだ! 頑張ってね」
「じゃあな」
三上は手を振って去って行き藍は遠ざかっていく三上とその生霊を見つめていた。
藍は家に帰ると、自室の椅子に座り頬杖を付いた。
(どうして三上君に憑いているの?)
机に備え付けられている本棚からスケッチブックを取り出すと三上に取り憑く生霊を描いた。三上には怒気に満ちた生霊が取り憑いている。
このスケッチブックに、これまでに見た生霊を絵や文章にして記録していた。過去のことは曖昧になってしまい、はっきり覚えていない点もある。なるべく見た目以外にも特徴や実際にあった出来事や行動なども細かく記すようにしていた。
藍は知沙ちゃんのお母さんが自殺したのを目撃した日以来、生霊を視られる不思議な力が宿っていた。『生霊』つまり生きている人間から発せられる負の感情から生み出される怨念だ。なぜ見られるかはわからないがこれまでに五人の生霊を見たことがある。
霊と言うとまるで藍に霊感があるように聞こえるかもしれないが藍が視えるのは生霊だけで、死霊や妖怪が見えるとか、変な声が聞こえたりといった特別な力は無い。生霊が強烈な負の感情から生み出されるものだとしたらオーラに近い物かもしれないと藍は考えていた。
ただ、藍の見える生霊は本人が魂から抜け出したようにピッタリと背中に張り付いている。他の人に取り憑いたり何か悪さをしようとしたところは見たことが無い。もちろん、生霊を見るのは不気味だし見慣れるようなものでもない。
藍はスケッチブックの最初のページを開いた。一番最初に描いてあるのは知沙ちゃんのお母さん。ベランダの隔て板から顔を出して自殺した様子を記入してある。そして、その隣のページには名前も知らない浮浪者が描いてある。藍は悍ましいあの日を思い出して身震いした。
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