第4話
六時間の授業が終わると、藍と桜は早速陸上部へと見学に行った。一年生がぞろぞろと集まると顧問の先生から練習内容や大会のスケジュールの話があり、その後は男女に分かれて更衣室の場所を教えてもらったりした。
その後、藍は長距離選手のもとに集合した。長距離の代表の三年生の選手から挨拶があり、その後質疑応答をした。見学会が終わり一年生が帰る横を練習中の三上が通った。三上は一年生を気にかけることも無く追い越して走り去って行く。その後ろ姿を藍はじっと眺めた。
マンションへ帰る途中、藍が歩く前に三上がいた。桜と駅中のドーナツ屋さんに寄り道したせいで帰る時間が一緒になってしまったらしい。これではまるで後ろからつけているようだが、同じマンションに向かっているので仕方がない。藍は三上とは距離を取りつつ後ろ姿を見つめた。三上の足元には長い影が伸びているが、背後にはどす黒い靄を背負っている。赤く染まる夕焼けの空と黒い靄を藍は不気味に思いながら見つめた。
「何?」
三上は振り返るとイラッとした様子で藍を睨みつけた。
「なんで、そんなに俺のこと見てるの?めちゃくちゃ視線を感じるんだけど」
藍はギクッとして苦笑いした。
「べ。別に。見てないし」
「……そうかよ」
「……そんなことより、昨日煙草吸ってたよね? ベランダからポイ捨てしないでね」
「んなこと、しねーよ」
三上が歩くスピードを落としたので藍は戸惑いながらも並んで歩き始めた。
「……なら良いけど。三上君、いつからマンションに住んでるの?」
「三月の終わり」
「じゃあ、越してきてまだ二週間くらいだね。中学校はどこだったの?」
「俺……立花のこと前から知ってたんだけど」
「え? どういうこと?」
「中学から陸上部だろ? 大会で見かけたことある」
「え……そうなの……?」
「俺ずっと長距離だったし陸上部の部長もしてたから」
「へぇ。部長か……意外」
「意外とはなんだ。それから、立花の友達の相田桜って塚崎稔と付き合ってるだろ」
藍は嫌な予感がした。
「そうだよ。もしかして稔君と友達なの?」
「俺と稔は同じ
「まさかと思うけど、今週末、稔君に遊びに誘われてない?」
「あ? 誘われてるけどそれが何か?」
「はぁ……」
(それって、ダブルデートの相手って三上君てことか)
藍は視線を足元に落とした。
マンションに着くと、エントランスで藍が鍵を出してドアを開けた。おじさんは終業してしまってもういない。藍は三上の生霊を極力見ないようにしていたものの生霊は藍の事をじっと睨んだまま見つめていた。
(なんなのよ……)
今日は三上がエレベーターの入り口に立ったので藍は仕方なく後ろに立った。生霊は首をダラリと後ろに向けて藍を睨み続けた。思わず鳥肌が立ち、藍は壁際まで離れた。
エレベーターを降りると二人は自宅前で軽く挨拶をしてから別れた。
帰宅後、藍はすぐに桜にメールした。
『ダブルデートの件だけど、友達って三上君でしょ?』
すぐに既読がついて返事がきた。
『なんで分かったの?』
やっぱりね! 藍は独り言ちた。
『今日帰り道で三上君と話してて、稔君の知り合いだって聞いたからまさかと思って』
『そうなんだ。でもいいんじゃない? 遊ぶだけだし(笑)』
一緒に行くのが三上だとわかって、付き合いで行く気は完全に失せてしまった。これ以上三上とは関わりたくない。
『稔君と話し合って、土曜日、櫻中央駅に十時に待ち合わせてカラオケでもどう? そのままお昼食べて、館内にボウリングとかゲーセンもあるから』
『ごめん。やっぱりパスさせて……』
藍は一人でため息をつきながら返信した。
四月十日(水曜日)
翌朝、藍は昨日と同じ時間に時間に家を出た。今日入部届を出したら明日からは朝練が始まるので一本早い電車で行かなければならない。
マンションを出たところで、三上と見知らぬ女の子が一緒にいるところを見かけた。二人は朝から口論をしていて女の子が泣いている。女の子は見たことのない高校の制服を着ていた。
(うあ。朝から最悪なところ見ちゃった)
藍は気づかれないようこっそりとマンションを出て駅へと走った。駅につくと眠そうな桜が待っている。
「はよ。眠い〜。昨日稔君と長電話しちゃった」
「朝から惚気か」
「学校の話とか部活の事話してただけだよ?」
藍は先程、三上と女の子が口論していたことを桜に話すか一瞬迷ったものの桜がオーバーリアクションをする光景が頭の中に浮かんだので話すのはやめた。
学校に着いてから朝礼の前に職員室に二人は向かうと担任に入部届を提出した。
――――
放課後、陸上部に向かうと昨日見学に来ていた数人も入部したらしく新一年生が十名ほど集合していた。顧問の先生や部長から歓迎の言葉を受けてから更衣室で体操着に着替え、入念にストレッチと準備体操をしてから校庭ランを開始した。
長距離の良いところは、自分のペースを掴んで走り続けられるところ、無心で何も考えず走れるところだ。ただ、今日はタイムの計測もあるので藍はペース配分を考えながら必死に走った。中学三年生の時に部活を退部してからは受験に忙しく、全く走っていなかったので久しぶりの長距離ランはかなりきつくて後半はかなり失速した。
のろのろ走る藍を三上が追い越した。三上は同じペースを乱すことなく走っていて、とても三上には追い付けそうにも無かった。遠ざかる三上の黒い後ろ姿を見ながら藍は胸がギュッと掴まれるような苦しい気持ちになった。
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