第2話
いよいよ今日から本格的に授業が始まったが、初日ということで昼前には下校となった。藍と桜は電車通学なので、並んで談笑しながら学校を出た。学校を出ると太陽がちょうど真上に上っていて、その眩しさに藍は目を細めた。学校までの道のりは針葉樹の並ぶ歩道が整備されていて、その先は住宅地が続いている。
二人が歩く横を三上が速足で追い越した。三上の背後の黒い靄の中から生霊が藍の方を睨みながら遠ざかっていく。藍は驚いて桜に隠れるように背後に回って三上の後姿を見つめた。三上の背後は黒い靄にすっかりと覆われてしまい真っ黒に見える。
「三上君……」
藍が思わず呟くと桜は驚いた顔をした。
「誰? 同じクラスの人?」
「そうだよ」
「よく、覚えているね。私、まだ全然覚えられてないよ」
「うん。私もだけど……」
「あ! もしかして、彼がタイプだったとか?」
「ちょちょっ! 桜やめて! 全然だよ!」
藍は慌てて否定した。
「冗談! だって、藍は背が高いイケメン好きだもんね。三上君は私達とさほど身長変わらなそう……」
「桜ぁ! もう!」
遠に三上の姿は見えなくなっていた。
二人は電車に揺られながら席に座った。藍はこれから毎日眺めることになる外の景色をぼんやりと見つめた。今日は快晴でこのまま帰宅して家にいるなんてもったいないくらいの天気だ。窓ガラスに太陽の光が反射している。昼の電車は空いていて、社会人や子連れの親子が楽しそうに乗っていた。
向かいの優先席には女の子を連れたお母さんが座っていた。二人は楽しそうに絵本を読んでいる。藍の頭の中に知沙ちゃんとお母さんが思い浮かんだ。いつも笑顔で優しいお母さんだった。知沙ちゃんは同じマンションの隣の部屋に住むご近所で同じ年齢だったから頻繁に家の行き来もしていたし一緒に公園に行ったり仲良しだった。だが、あの日を境に全てが変わってしまった。
藍の頭にあの日の知沙ちゃんのお母さんの背後にいた黒い靄に包まれた生霊がフラッシュバックした。
「ね、藍? 聞いてる?」
「……ごめん! ボーッとしてた。どしたの?」
「三上君じゃない? 隣の車輌に座ってる男の子」
藍はハッとして桜の指をさす方向を見た。
「あ……そうだ!」
「帰り道一緒なんだね」
「そうだね」
三上はスマホを見ている。確かに身長は低いがキリッとした切れ長の瞳に薄い唇で塩顔男子といったところだ。
「声かける?」
「いやいや。声かけないよ」
「そう?」
三上は藍達と同じ櫻田南駅で電車を降りた。向こうも藍達に気付いたようだが、スタスタと歩いて行ってしまった。
「同じ駅だったのかぁ。別の中学校だったのかな? だから知り合いじゃないのかもね」
桜が三上の後姿を見ながら呟いた。
「う〜ん。多分」
藍は、食い入るように三上の黒い後ろ姿を見つめた。
桜と駅で別れ自宅マンションに向かった。駅を出るとファミレスやコンビニなどが数件建ち並び、その隣には駅前のマンションや病院などが軒を連ねる。駅から自宅のマンションまでは徒歩十分ほどだ。マンションのエントランスで管理人の
「こんにちは」
おじさんは平日五日間、朝の九時から十七時まで住人の生活を見守ってくれている。小学生の頃は下校後に毎日会話をしていた。
「こんにちは。学校はどうだった?」
「楽しかったです」
藍は会釈してからマンションのエントランスでオートロックの鍵をさしていると、エントランスの左奥にある集合ポストのスペースから三上が顔を出した。
「え……」
驚きで思わず上擦った声が出てしまった。三上は藍を一瞥しつつ、エントランスの自動ドアが開くと先にスタスタと中へ行ってしまった。
藍は驚きながらも三上に続いて自動ドアを通り抜けると思い切って話しかけた。
「同じマンションなんだね?」
自動ドアを入ってすぐ左手にあるエレベーターを待つ三上から少し離れて藍は並んだ。
藍は緊張しながら三上の背後を見た。黒い靄に包まれた生霊が藍のことを凝視していた。ギョッとした藍は慌てて下を向いて一歩後ろに下がったが、あろうとこか生霊は藍にむかって手を伸ばしてきた。
「……っ!」
驚きのあまり思わず心臓に手を当てた。ギュッと目をつぶって下を向く。三上が後ろを振り返ると生霊は手を引っ込めた。
藍は前を向いてフルフルと首を横に振った。
「どうしたの?」
「何でも……三上君、最近越してきたの?」
「あぁ」
三上はぶっきらぼうに答えた。
「そう……なんだ」
エレベーターが到着すると三上が先に乗った。生霊は藍に怒気を込めてじっと見つめている。藍は一緒に乗るのを躊躇い緊張でゴクリと喉を鳴らしたもののエレベーターに足を踏み入れた。三上がエレベーターの後ろの壁まで下がったので藍が十階のボタンを押すとゆっくりとエレベーターが閉まった。藍はボタンの前に立ったまま、後ろを向かないようにした。振り返れば生霊が見えてしまう。
「えと……何階?」
三上は答えなかった。
「えーと、そうだ、私、同じクラスの立花藍だけど、私のこと覚えてる?」
「もちろん、覚えているよ。立花さんは長身の男性がタイプなんだってね」
それを聞いた藍は驚いて後ろを向いた。三上は面白そうに笑っている。桜との会話が聞こえていたらしい。
「そ……それは、桜が言っただけで」
「あ、着いたよ」
チンと音が響き、エレベーターのドアが開く。三上が先にエレベーターを降りた。
「家……十階なの?」
藍も続いてエレベーターを降りた。三上はエレベーターを降りて右手に向かい一〇六号室の前で鍵を鎖した。
「そう、ここだから。じゃあな」
三上はそう言うなりパタンとドアを閉めた。藍は呆然としながら鍵を取り出すと、三上の隣である一〇五号室の自宅に帰宅した。
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