第2話 君が居ないと生きていけない
「俺さ……緑のたぬきって結構思い出あるんだよ」
家主の男と狐耳の女が初めて出会った時の話だ。
当時、大学2年生だった男は、やっと慣れてきた一人暮らしと激化する課題に追われ、金もなければ体力もなく友人も居ない、今にも死にそうな苦学生に相応しい生活を送っていた。
何の気まぐれか、今まで一度も行ったことがない近所ではそこそこ有名な神社へ出向いたときだった。
そこに居たのは、賽銭箱の裏で文明の利器たるPCのキーボードを叩く、狐耳の女だった。
コスプレをするにはまだ早い時期だし、神社でするのはバチ当たりでは無かろうか。思いながら訝しげに見ていると、女と目があってしまった。
「この耳と尻尾が気になるか? 聞いて驚け! 妾は1000年の時を生きる狐である! そなたの願いを言ってみるがよい。叶えてやらんこともないぞ」
後に判明した事であるが、これをやると近所の子供や中高生にバカみたいにウケるとのことらしい。狐であることは間違いないが1000年など生きておらず、せいぜい十数年が関の山だと言う。
「じゃあ……お金ください」
「そこの賽銭箱に幾らか入ってるから持ってって良いよ」
下賤な願いでも叶えようとしてくれる良い狐ではあるものの、良心から憚られた。
「なら何か食べ物を……」
「……。ちょっと待ってて」
その時に狐耳の女が持ってきたのが、緑のたぬきだった。
油揚げは飽きたがかき揚げは好きだからと、時々買うのが偶然残っていたという。
「あのとき恵んでもらった緑のたぬきが美味くて……。俺にとっては感慨深い味なんだよ」
出会いの思い出であり、餓死を免れた命の味でもある。
次のバイト代で箱買いし、飽きるほど食べたものだ。
その後、狐耳の女の元へ通い詰めた。いざ卒業研究をするときには、彼女のPCスキルに文字通り命を救われたのだ。
「あの時、インスタントだけじゃ体に悪いって言って、君が作ってくれた料理は美味かったなあ〜。あれ以来、俺の胃袋は掴まれてしまったんだよ」
「忘れたわよそんなこと」
「俺は君が居ないと生きていけないんだなぁ」
「調子の良いことばかり言って」
家主の男の口周りに跳ねた汁を、狐耳の女が指で拭った。
「そんなこと、わかりきってる事でしょ」
一口しか食べてないのに! 竜田川高架線 @koukasen
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