第5話


「……ん」

「元気そうだな。レイチェル」


 目を覚ますと、私のすぐ隣にはスティアート王子が座っていた。


「おっ、王子! すみません」

「それは何に対する謝罪だ」

「え」

「お前は魔王を倒し、正気を戻させた。それはとてもすごい事だ。もし、レイチェルが魔王を倒していなければ、私もギルバートもユリアも生き残れていなかったかも知れない」

「……」


 そう話す王子からはどことなく悔しさがにじみ出ている様に感じた。


「あの、パーティー会場で何があったのですか」

「……大体の察しはついているのではないか?」


 ――この言い方……やっぱり王子は私が色々と知っている事を知っていたのね。


「それでも……ですよ。私はその場にいませんでしたから」

「そうか、そうだな」


 そうして私は王子からリナリーが「結界を作ったのは自分だ」と言ってきた事。それを王子が否定し、今までリナリーが私にしてきた嫌がらせを含めて糾弾したという事を教えられた。


「君のメイドには戦闘が終わった後。怒られた。気持ちや立場は分かるが、変なところで気を遣わないで欲しいとも」

「全く、ユリア」


 しかし、嫌がせに関しては私も周囲には言わない様に言っていたから同罪だろう。


 ――でも、王子。私に「影」を付けていたんだ。


 それが果たして「監視」だったのか「保護」だったのかは分からない。ただ、それが今回役に立ったのは事実だ。


 ――もしかしたら、ゲームの中では明らかにされていないだけで、本当は付けていたのかも知れないわね。


 もしそうだとしたら、レイチェルがいくら自分の無実を言っても、証拠はたくさんあったのかも知れない。


 ――果たしてそれが信憑性の高いモノだったかは別として。


 この世界は少なくとも前世の情報化社会とはかけ離れていて、インターネットなどはない。

 つまり、人間が見た事聞いた事が「情報」となる。だからこそ「信じる」か「信じない」かはその人物の信用度が大きく関わってくる。


 ――少なくとも、王子はその「影」の人を信用しているのね。そして、その「影」の人も嘘偽りなく王子に伝えてくれた。


 そのおかげで私は今。ここにいる。


「あのリナリーという女が近衛兵に連れて行かれた後。ライア夫人に取り憑いていた魔物との戦闘になった」

「……そうですか」

「――やはり気がついていたのか」

「何となく……ですが」


 入学式の後に現れた夫人は、どことなく私が知るいつもの雰囲気とは違っていた。

 もちろん、現宰相の奥様という事もあってすぐに追い返す事はしなかったけど、それでも会話をしたのはその「いつもの雰囲気」と違ったからである。


「もし取り憑いたとしたらそのタイミングは……ラファエルと疎遠になったタイミングしかない。そう考えていた」

「……」


 ――おおよそ、彼女に取り憑いた理由は分かる。


 現宰相の後妻というだけで、貴族社会では色々な憶測や噂が飛び交う。そして、貴族はそういった噂や憶測が大好物だ。それに伴う心労は計り知れないモノがある。


 ――私も、王子と婚約したばかりの頃、それはもう色々と言われたわね。


「あの、ラファエル様は……」

「ああ、留年する事になった。そもそも、途中からラファエルに乗り換えようとしていた節もあるから、その監視も含めて……な」

「そうですか」

「私としては、宰相はあいつしかいないと思っている。私はまだ国王陛下の見習いみたいなモノだ。あいつを宰相として雇うのはまだまだ先になるだろうからな。あいつには今まで以上に頑張ってもらわないとな」


 そう言いつつ、王子はやはり「宰相にはラファエルしかいない」と考えているようだ。


「本当は、騎士団長の息子であるフィージアも俺と同じく魔法学園に通う予定だったのだが」

「ええ、魔王復活が早まる可能性を示唆した王妃様の考えを尊重して魔物討伐に向かわせていたのですね」


 私がそう言うと、王子は「知っていたのか」と驚いた様な表情を見せた。


「魔王討伐に向かった際。カノンは抜け道を使っていましたが、それでも妨害を受けずに魔王城に行く事は通常不可能だと言っていました」


 そう言って私は横で体に包帯を巻かれつつも寝っているカノンの方を見る。


「そこで分かったのです。誰かがこの周辺……いえ、魔物が多く出る場所を絞って警護しているのではないか……と」

「ああそうだ。魔王が復活した際は一番可能性の高いところに人員を割いていたから、カノンが通った道にはちょうど人がいなかったのだろう」


 そして、その魔物討伐に攻略対象の一人。騎士団長の息子のフィージアがいたというワケだ。


 ――それにしても。


「あの、王子。いつもと比べてその、口調が」

「え、ああ。すみません」

「いっ、いえ。いいんです。ちょっと……驚いて」


 この口調こそがゲームのスティアート王子だった。


「すみません。もし不快でしたら……」

「そっ、そんな不快だなんて! その、今の口調の方が……いっ、いいです」


 思わず照れてしまったけど、この口調のスティアート王子は……まさしくゲームのキャラクターだった事もあり、とても顔が見られなかった。


 ――うぅ、顔もそうだけど。声も口調もってなると、破壊力が違うわ。


「それなら良かった。しかし、魔王が突然現れた時は驚いた」

「すっ、すみません。私はその時すでに……」

「いや、いい。あの魔物に力が戻った時点で何となく察しはついていた。だが、私たちに協力するとは思わなかったから驚いただけだ」


 そう、魔王はその場から離脱しようとした魔物を力でねじ伏せ、王子にトドメを指させ、魔物は王子が持っていた「聖魔法」が施された剣の効力により浄化させられた。


「ただ、まさか正気に戻させるための最後の攻撃が素手だったのには驚いたな」

「うっ」


 しかも、この話がどこからか噂となり広まって、今や「女性も強くないと!」という風習が生まれ始めているとかいないとか。


「何にしても、無事で良かった」

「ご心配をおかけしました」

「家族とも話をしたのか?」

「ええ、まぁ」


 話はしたものの、ギルバートには開口一番に怒られた。


 ――でもまぁ、迎えに来たはずの相手が突然「魔王を倒しに行きました」なんて言われたら、当然怒るわよね。


 そんなギルバートの気持ちも分かる為、私はギルバートのお叱りを甘んじて受けた。

 ユリアは特に何も言っていなかったけど、私はこれまでの事も含めて色々と迷惑をかけたので改めて謝罪をし、お父様とお母様にも謝った。


 ――二人とも、仕事が忙しくてパーティーに来られない事を悔やんでいたけど。


 自分の娘を罵られて、その直後に戦闘……になった場にいなくて本当によかったと心の中で思っている。


 ちなみに、リナリーは一定期間牢屋に入った後。修道院に送られる予定だったけど、どうやら彼女は裏で相当な借金をしていたらしく、修道院に向かう途中の馬車の中でその人たちに襲われ、そのまま連れ去られて行方知らずになっているらしい。


 ――結局、最後まで「この世界は自分の為のモノ」と言う考えは捨てられなかったのね。


 王子からパーティー会場での最後の言葉を聞いた私はそう感じた。


「ステラもあの場にいなくて良かった……と思ったのだが」


 どうやら彼女自身は「なんでお兄様たちのピンチに呼んでくださらなかったのですか!」と思ったらしい。


「ふふふ、頼もしいではありませんか」

「まぁ……そうだな」


 なんだかんだ妹に甘いところのある兄にとっては、やはり危険な場所に妹は連れて行きたくなかったのだろう。


 ――その気持ちはよく分かる。


「あいつは……なんだかんだで死んだ母親によく似ているとよくお母様が言っていた」

「王妃様が」


 私がそう言うと、王子は「ああ」と続ける。


「よく『めかけの子』とか『側室』なんて言うが、実際は『保護』という形だ。元々、ステラはお母様の遠縁に当たる。ステラの母親としてステラを養子にして保護して貰えればそれで良かったらしいのだが……まぁ、お母様がそれを良しとはしなかった」

「そうだったのですか」

「結果として二人を苦しめる事になってしまったとお母様は嘆いていたが、二人は感謝しているらしい」

「それほど、元の生活はギリギリだったという事でしょう」


 それならば、あの宝石の一件も納得が出来る。


「ところで、カノンはどうした。かなりの大怪我だと聞いたが」

「あ、カノンなら元気になって外を走り回っています」


 ちなみに魔王は復活したものの、カノンは私の使い魔を辞めるつもりはないらしい。


「これからは魔王領とも関わりを持つ事になるからな。彼女は君の使い魔だけど、連絡係も頼みたいところだな」

「ええ、そうですね」

「それと今度、魔王領に視察に行く事になっているのだが……」

「?」


 ちなみに、魔王は当初素手で勝負をつけた私に興味を持っていたらしいけど……。


「既に相手がいるヤツに興味はない」


 そういう事で、王子の小さな懸念は払拭され、その代わり今は……。


「ステラがどうしても魔王領のダンジョンに行ってみたいと言って聞かなくてな。しかも、魔王もそれに乗り気と来た。いや、王族としては魔王と仲良くなるのは良い事だとは思うのだが……いやだがしかし」

「ふっ」

「ん? どうした?」

「いえ、兄としてはやはり不安ですか? ステラ様の将来が」


 私がそう言うと、王子は「当然だろう」と少し拗ねた様な表情を見せる。


 確かに、王族としては魔王に嫁いでもらいたいところだろう。でも、兄としての心境は微妙らしい。


「私としては、ステラ様が幸せでしたらそれで良いと思いますが」

「それは私もそうだ。ただ、本当に幸せになれるか心配なのも事実だ」


 王子はそう言ってまた考え込む様な姿勢を見せる。


 ――多分、こんな未来が来るなんて前世を思い出したばかりの私には想像もつかなかったでしょうね。


「ん、どうした」

「いえ、何でもありません」


 そう言って笑う私に対し、王子は「いや、お前がそう言う時は大抵何か考えている時だ」と言って私の顔をジッとのぞき込む。


「……ふふ、本当に何でもありません。ただ、今が幸せだと思っただけです」


 私がそう言うと、王子は「そうか」と言って穏やかに微笑む。ゲームの中の王子とは全然違うけど、私はこの王子が好きだ。

 卒業パーティーはとんでもない形で終わってしまい、卒業式は寝ている間に終わってしまったけど、私の人生はまだ続いていく。


「私も幸せだ。やっとこうしてお前と二人きりになれた。誓約通り守ってもらうぞ」

「……分かっていますよ」


 ――こんな事をサラリと言えるのもきっと恋愛ゲームの攻略キャラだからよね。


 そう思いつつ、嬉しいと思っている自分もいる。そして、ふと気がつくと王子の顔が近くにある事に気がつき、私は自然と目を閉じた――。

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フラグ回収される前に魔王を倒します! 黒い猫 @kuroineko

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