第18話 1991年冬「workin’ hard」

 次の日。

 すっかり熱も下がって体調もそこそこ良くなったので、登校することにした。


「よう、秀才!」

 教室に入るなり、不本意な呼び方をしながらこちらへ近付いて来るやつがいる。タケだ。


「本物の秀才は勉強のしすぎで熱出したりしないからな」

 僕は鞄の中の教科書を机にしまいながら、タケに向かってそう言ってやった。


「あ〜…確かにそうかも」


「熱出るほど無理して勉強し過ぎて、後はまぁちょっと運が良かっただけ。たぶん最初で最後かな」


「ふぅん、ま、それでも100点はすごいと思うけどな」


 と、なんか変な言い訳をしていると突然後ろから背中をツンツンされた。振り返ってみると、少し頬を膨らませた後ろの席の南さんだった。


「……私も結構勉強して自信あったのに。意地悪な引っ掛け問題を間違えてすごく悔しかったんやけど、よく引っ掛からなかったね」


「あ〜あれな。あれこそ運が良かっただけで、似たような問題をテストの前の日の夜に解いたから間違えずにできたってだけ」


「へぇ〜。でもそれって運だけじゃ無くて、やっぱりたくさん勉強したおかげだから、実力だと思うけどな〜」


「ほら、南さんもそう思うよな。いい加減、秀才って認めろよな」


「ほんとにね〜」

「な〜」

「あ〜もう、だから…」


 などとワイワイしていると

「おっはよー」

 いつもの元気な朝の挨拶が聞こえてきた。実可子だ。

 でも、僕の視線はその隣、ゆみの方へと吸い寄せられる。目が合うと軽く微笑んでくれた。それだけで僕の顔は一気に熱くなる。


「おはよー、みんな。裕輔、熱は?体はもう大丈夫なん?」

「うん。もう全然大丈夫」

「そっか、良かった〜」


 ゆみに心配をかけてしまって申し訳ないのが半分、心配してくれたことがうれしいのが半分。複雑な気持ちだった。


「アホは風邪をひかないって昔からいうのにね〜。まさか裕輔が風邪をひくなんて…あ、裕輔は勉強ができるアホか…」

「いやいや、勉強ができるアホって意味がわからん」

 実可子のよくわからない一言に一応突っ込んでおく。


「クラス1の秀才に向かってアホとは失礼な!」

「だから、秀才はやめろって!」

 話を蒸し返すタケにも突っ込んでおく。


 と、ここでチャイムが鳴ったので、みんなそれぞれの席につき、朝のホームルーム、そして午前の授業が始まった。


 しかし、休み時間になる度にクラスの誰かが100点の話題を僕にふってくるものだから、またかと思いながら曖昧に返事を返してやり過ごしていた。



 昼休み。1人でさっさと弁当をかき込んで、コッソリと教室を抜け出した。

 あの話題にはもう嫌気が差していたし、それになんだか無性にバスケットボールが触りたかった、という理由もあった。


 暖かい季節なら昼休みに体育館で遊ぶ生徒はそこそこいたが、真冬のこんな寒い時に暖房の効いた教室から冷え切った体育館に行こうなんて奴は、めったに居ないはずだ。

 思った通り貸し切り状態で、ランニングシュート、ドリブルからのシュート、ゴール下でリバウンドを取ってからのシュート等、集中してやっていたせいだろうか。ふと気がつくと、後ろから自分のとは違うドリブルの音が聞こえて振り返った。


「あ、ゆみ……」

「ごめんね、邪魔した?」

「いや、そんなことはないけど」

「……」

「……」

 会話が続かず、なんだか気まずくなった僕はフリースローラインからシュートをうった。弧を描いて飛んでいったボールはリングに当たってゴールには入らず、3回4回とバウンドしながら遠くへ転がっていった。


「ボールの音が聞こえたから、もしかして裕輔かなと思って」

「え?俺を探してたん?」

「うん。言おうかどうか迷ってたけど、やっぱり伝えとこうと思って」


 ドキドキする。なんだろう、わざわざ探してまで僕に伝えたい事って。


 ゆみもシュートをうつ。ふわっと弧を描いたボールはゴールリングの真ん中に吸い込まれる。パシュッというゴールネットの音が気持ち良かった。


「実可子から聞いたんやけど…」

「うん、……何を?」

 なんだ?実可子が何か余計なことを喋ったのだろうか。

「小学校の頃は、裕輔より実可子の方が勉強できたんやって?」

「あ〜……まぁ、そうやったかな」

「それなのに、あの裕輔が100点とるなんてーって、すごく悔しがってた」

 その時の実可子の様子を思い出したのか、ゆみはクスクスと笑い出した。なんだそんなことかと、ホッとした僕もつられてふっと笑顔になる。


「裕輔は中学校入ってからいろいろがんばってるんやなって思って、すごいなーって、私感心した」

「……っ!」

 思いも寄らないゆみの言葉に、僕は何も言えなかった。


「でも今日の裕輔、100点の話題嫌そうにしてたし、だから言おうか迷ってた。……やっぱり、嫌やった?」

「そ、そんなこと、全然無い!」

 僕は顔をブンブン横に振って、全力で否定した。


「ふふっ、良かった。でもこの話はもうしないようにするね。じゃ、先に戻るから」

 そう言って、ゆみは踵を返して体育館から出ていった。


 僕はというと、ゆみの言った言葉の意味を考えながらしばらく呆然としたあと、ジワジワと嬉しさが込み上げてきて、1人体育館の真ん中でニヤニヤしてしまっていた。


 まさか、こんなに早く努力が報われるなんて思ってもみなかった。

 別に、告白されたわけでは無いし、ゆみとしては他意は無く友達の頑張りを褒めただけなんだと思う。それはわかっている。そうは思っても、ニヤニヤは止められなかった。



 昼休みの終わりのチャイムが鳴ったのに気が付き、転がった2つのボールを拾うと、最後にもう一度フリースローラインからシュートをうってみた。ボードに当たったボールは2、3回リングの上を跳ねて、ゴールに入った。

 気分を良くした僕はもう1つのボールもシュートしてみた。今度はきれいにゴールが決まり、パシュッという気持ち良い音が体育館に響いた。

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once again~シャッターチャンスをもう一度~ だい @dai-m

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