第17話 1991年冬「後悔するなら反省を」
思い返せば、朝から体調は悪かった。
その日は体がダルくてやたらと眠く、午後の授業はほぼ記憶が無い。
部活では、少し走っただけですぐに息があがったし、何だかボーッとしてミスも多かった。
期末テスト明けで寝不足でもあり、久々のバスケだったから少し体が鈍ったかな、とその時は思っていた。しかし、テスト期間中も毎日ランニングはしていたので、運動は久々ではない。
そんなことも気付かないほどボーッとしていたようだった。
家に帰って、いつも通り走りに行こうとしたところ
「ちょっと待ち!」
と母に止められた。真っ赤な顔でフラフラと出ていこうとしていた僕は、腋に無理やり体温計を突っ込まれた。
ピピッピピッ
「………38.5℃。すぐに寝なさい!」
ということで、次の日は学校を休むことになった。
朝起きた時には37℃まで熱は下がっていたが、無理をしてぶり返してもいけないということで。
両親は共働きだが、家には祖母がいるので看病してくれる人の心配はいらない。
熱も下がって体は楽になったけど、今日は何もしないで寝ていることにした。布団に寝転んで天井を睨んでいると、これまでのことをいろいろ考えてしまっていた。
目標をたてて必死で頑張ったからだろうか、文化祭が終わってからの二学期はあっという間だった。
こんなに何かに一生懸命になったのは生まれて初めてだった。
作戦会議のあと、上原さんとは話していない。小さな学校なので、すれ違ったりすることはよくあるが、お互い話しかけることもなく、目も合わせず。
そんな様子を見て周りの一部の人たちからは、やっぱり僕が上原さんに振られたと思われたみたいだとタケから聞いた。しかし噂は広まることもなくすぐに忘れ去られた。
バス停で実可子と話した次の日から、ゆみとは何とか普通に接することができていた…と思う。
積極的に女子に話しかけられない僕の性格のせいもあり、他の女子と比べたらゆみとは仲が良い方だ。でもそれはクラスも部活も同じで、僕と小学校から一緒の実可子の親友だからというのが大きな理由だと思う。
朝の挨拶から始まり、休み時間には何ということもない世間話をしたり、部活では励まし合いながら練習し、たまに一緒に帰ったり(2人きりでは無いが)と、まぁ…今まで通りだ。
特に友達以上の好意を感じることは無かった。
僕がテストで良い点数をとったことは誰も知らない。点数を見せ合ったり、自慢したりといったことはしていないからだ。
それと、校内マラソン大会で上位を狙っていることも、もちろん誰も知らない。
努力を他人に認めてもらいたいわけではない。まずは自分に自信を持つためだから、これでいい。
寝たり起きたり考え事をしたりを何回か繰り返すと、夕方になっていた。
授業も部活も終わって、もうみんな帰る時間だなと思っていると、家の電話が鳴りだした。着信音は数秒で途切れたから、祖母が出たのだろう。
「裕輔ー、起きてるかー。電話やでー」
布団から起き上がってノソノソと自分の部屋を出て電話の所まで行き、受話器を受け取った。
誰だろう?連絡網でも回ってきたかな、と思いながら。
メールや携帯電話、スマートフォンが普及していなかった頃は、学校からの緊急連絡は電話でだった。各クラスごとに、最初は学校から出席番号1番に連絡があり、伝言ゲームのように番号順に電話をしていく。
「はい、もしもし」
受話器を耳に当て電話に出る。
「もしもし裕輔、私」
「あー実可子か。あれ?連絡網の俺の前って実可子やったっけ?」
「はあ?連絡網?何言ってんの?あ、ちょっと電話代わるから」
実可子の声が遠くなり、誰かを呼んでいるようだった。
「も、もしもし」
受話器から聞こえてきた、予想外の声に僕は固まってしまった。
「あれ?もしも〜し。裕輔、聞こえてますか?ゆみです」
「あ、はい。もしもし。聞こえます」
ゆみと電話で話すのは初めてだった。だからなのか、緊張して何故か敬語で応えてしまった。
「ふふふっ、何か話し方変」
笑われてしまった。
「あ、いや、だって急やったからびっくりして…」
それにゆみも最初敬語だった、ということは突っ込まなかった。
「体、大丈夫?」
なんと、今日学校を休んだことを心配して電話してくれたみたいだ。嬉しくて恥ずかしくて、顔がニヤけそうだった。
「うん、もう熱は下がったから大丈夫。明日は学校行ける」
「そっかそっか、それなら良かった。あと、100点おめでとう」
「えっ?」
一瞬、何のことかわからず返答に困っていると
「理科、100点やったって、今日の授業で先生が言ってた」
どうやら、今日の理科の授業で出欠を取っていて僕が休みだと気付いた先生が、何かの話の流れでこの前の期末テストは学年で唯一人、真中が100点だったというのをポロっと話したそうだ。
「みんな、裕輔すごいすごいって誉めてた。ホンマにすごいな~、おめでとう」
「う、うん。ありがとう」
0点をばらされたわけでは無く、満点なので別に悪いことでは無い。でも注目されるのは苦手なので、その場にいなくて良かったと心底思った。
「でも、あんまり無理しすぎてまた熱出ないように気を付けてね、心配するから。…あ、そろそろバスの時間。実可子に代わるからちょっと待って」
そうなのだ。確かに無理をした。それで体調を崩したのは間違いない。
そして心配したゆみはわざわざ、バス停の公衆電話から電話をしてくれた。
気にかけてくれたことは嬉しかった。でも、もう心配はかけたくない。次からは、体調を崩すほど頑張るのはやめようと考えを改めた。
「もう、ゆみを心配させるのやめてよ。1日休んだだけで裕輔に電話して電話してってうるさかっ…」
「ちょ、ちょっと実可子!それ言わないでって」
「ほら、バス出発するよ、また明日ね〜」
「もうっ!余計なこと言わないで早く電話切って。じゃあね」
「じゃあ、そういうことでもう切るから」
「あ、うん」
「…ゆみのこういうの見るとさ、ただの優しさなのか、それともやっぱり…うん。やっぱり何でも無い。じゃバイバイ」
最後に気になる台詞を残して実可子は電話を切った。
―――ゆみは裕輔のことが好きなのかな〜って―――
前に実可子に言われた言葉がよみがえる。
少しくらいは期待してもいいのだろうか。いや、と頭を振って否定する。僕を心配してくれたのは、友達に対するゆみの優しさなのだろうと。
受話器を持ったままボーッと考え込んでいると
「お兄ちゃん、どうしたん?またしんどいの?」
いつの間にか、僕のことを心配そうに見上げている妹が足元にいた。4歳の妹にまで心配をかけてしまうとは…。
いろいろと反省することの多い1日だった。
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