第16話 1991年秋「Shape Of Love」

 待合室の戸を開けて中に入ると、ベンチに女の子が1人座っていた。

 実可子だった。


「あれ?先に帰ったはず…」

「待ってた」


 実可子は座っている位置を少しずらして、僕に隣に座るように促す。が、僕は向かい側のベンチに座った。


「こんな時間まで何の用事があったん?」

「何って、まぁ、ちょっと…」


 しかし、適当に誤魔化す言い訳を考える間もなく問い詰めてくる。


「3年の上原さんとなんかコソコソやってない?2人、どういう関係?」

「どういう関係って言われてもなぁ…」

「…付き合ってんの?」


 はぁ〜、またか。


「あのなぁ、俺と上原さんとで釣り合うと思う?自分で言うのも悲しいけど、絶対に無いから」

「本当に?じゃあ何であんなに仲が良いの?結構噂になってるの知ってる?」


 そういえば、タケもそんなこと言ってたな。でもまあ、学校で一二を争う人気者の上原さんと噂になるなんて、悪い気はしない…って駄目だ。僕はゆみの一筋なんだ!


 それにしても、自分ちたちが思っている以上に周りで噂になっているようで、やはり今日を最後に学校では距離を置こうという判断は間違ってはいなかったようだ。


「最近仲良くなったのは間違いないけど、ホンマに付き合ってるとかありえないから。それに、上原さんには他に好きな人が………あ!」

「え?」


 ヤバい。口がすべった。 

 僕は決して口の軽い男ではない…はず。本当に秘密は守るつもりでいた、間違いなく。

 今のは本当に、つい、うっかり、ツルッと口がすべった。


「え?え?そうなん?…ていうか、何で裕輔がそんなこと知ってるの?」

「あ〜…まぁ、色々ありまして…」

「ふぅ〜ん。今日は全部話すまで帰れないと思ってネ」


 にっこりと微笑まれた。いやいや、怖い怖い。目が笑ってない。

 たぶん、今話さなくても毎日しつこく聞いてくるだろう。他の人、特にゆみがいる所で聞かれるのはまずいと思い、仕方なく昨日の告白現場目撃事件から今日の作戦会議までを話すことにした。もちろん、僕がゆみのことを好きだと言うところは伏せて。



「はぁ〜、なるほどね〜。昨日そんなことがあったのか〜」

「絶対に誰にも言うなよ、絶対に!」

 僕は最後に念をおした。

「わかってるって。ゆみが関係してるんやから、言いふらすわけ無いやん。て言うか、たまたまとはいえノゾキするとか趣味わる〜」


 実可子は、親友のこういう話を面白おかしく言いふらすような奴では無い。信用しても大丈夫だと思った。


「でもさ、その作戦会議って、裕輔が上原さんから恋愛相談されてるってことやん?なんで年下のアンタに?」

「そ、それは、たまたまその場に一緒にいたからで、他に相談できる人がいなかったからということもあって、それで」

「ふぅ〜ん、ま、いいか」


 危ない危ない。説明を少し省いたせいで辻褄が合わなくなっていたようだ。そこをつっこんでくるとはなんて鋭い。何とか誤魔化せたようで良かった。


「それにしても、真中さんからの告白を断るなんて…。ゆみ本当に他に好きな人いないって言ってた?聞き間違ってない?」

「それは間違いない。…ん?」


 実可子の問いに違和感を覚えた。

『聞き間違い』なぜそう思ったのか。


「聞き間違いって、どういうこと?何か知ってるの?」

「ん〜〜〜、これ言おうかやめとこうか、ずっと迷ってたんやけど…まぁでもこれを言おうと思って、今日は裕輔を待ってたようなもんやしなぁ」

「何?めっちゃ気になる言い方」

「あのさ、これはただの私の勘で本人に聞いたわけじゃないけど、たぶん、たぶんやで」

「う、うん」

「ゆみは裕輔のことが好きなのかな〜って」


 僕の思考は完全に停止した。


「いやっ本当にただの勘なんやけど、なんとなく前から思ってて。最近も、裕輔と上原さんが一緒にいるのを見たのに気付いてないふりして、何か悲しそうな顔してたことあったから。あ、これも私がそう感じただけかもしれないけど…。でも、ゆみの悲しそうな顔は見たくないし、裕輔と上原さんの関係をちゃんと聞こうと思って待ってた」


 今日、実可子の態度が変だったことのネタばらしを一気に話してくれた。

 しかし、僕の頭の中では、ゆみは裕輔のことが好きなのかな〜って。ゆみは裕輔のことが好きなのかな〜って。ゆみは裕輔のことが好きなのかな〜って。と、先程の衝撃的な台詞がグルグル回っていた。


「ちょっと、聞いてる?」


 ほっぺたをつねられて、ようやく我に返った。


「まぁでもゆみ本人が好きな人はいないって言ったのなら、そうなのかもね…。全部私の勘違い、かな」

「お、おぅ。そ、そうか、勘違いか…」

「あ〜あ、何か私一人だけ心配して気を遣って空回りして…疲れた。もう帰る」


 そう言って実可子は待合室を出て、到着したバスに乗りに行ってしまった。

 あいつ、かなりすごいこと言ったのに勘違いの一言で済ませてしまってるし。それに、僕の気持ちを聞こうともしなかった。もし聞かれたら、これは誤魔化しきれる自信は無かったけども…

「ハァ~、俺も一緒のバスなんですが…」


 僕もフラフラと立ち上がってバスに乗りこみ、実可子とは離れた席に座った。




『ゆみは裕輔のことが好きなのかな〜って』

 本当に勘違いなのだろうか。親友の実可子がそう感じたのなら、あるいは………と、つい自分の都合の良いように考えたくなってしまう。

 でもあの時、好きな人はいないと言ったのは本当のような気がする。なぜなら、ゆみはあの場面で嘘を付くような子ではないと思うから。


 そうなると、やっぱり実可子の勘違いなのだろうということに落ち着く。残念だけど…


 上原さんに宣言した通り、コツコツと努力を重ねて自分を磨くことに専念する。今はそうすることしか思い付かない。これが僕の愛の形だ。



 最寄りのバス停に着くまで、実可子が話しかけてくることはなかったが、降りる間際に声をかけてきた。


「じゃあ、また明日。私の言ったこと気にしないで、ゆみとは今まで通り接してね」

「うん、わかった。バイバイ」


 …とは言ったものの、意識しない自信は無いかも。クソ〜悩みのタネを増やしてくれやがって。





 次の日から、部活の後家に帰ってから30分ほど走り込み、晩飯の後は夜遅くまでテスト勉強をするという生活が始まった。

 最初は体力的にしんどかったけど、しばらく続けていると体が慣れたのか、普通にこなせるようになった。


 走り込みを決意したのには理由がある。三学期に予定されている校内マラソン大会で上位に入るためだ。真中さんは去年1年生のとき、学年ではなく全体で10位以内だったと聞いた。

 先ずはそこを目指す。

 時間に余裕のある土日には、走る距離を増やしたりもした。



 二学期の中間テストでは、目標の全科目80点を達成できた。期末テストでは目標を90点に上げ、それも達成し得意な理科は100点だった。

 ま、中1の勉強程度なら誰でも頑張れば点数はとれるものだろう。学年が上がる程に難しくなるのは覚悟しないといけない。


 12月中旬。

 テスト返却も終わり、冬休みまで残り1週間となった。

 連日夜遅くまで勉強していたことが祟ったのか、僕は熱を出して学校を休むことになってしまった。

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