第5話 助けは意外な所から
次の日から、演劇部の3年生は空き教室に集まるようになった。昼休みにご飯ついでに、小雪はみんなに演目内容を見てもらったが、反応は悪かった。
「なんか、今まで演じてきたのと変わんねぇな」
翔太の手厳しい感想と一緒に返ってきたノートを持って、小雪は「だよねぇ」とリンゴジュースを飲む。
童話チックな内容で、
大人向けをイメージして書いたあらすじは、その時点で泥くさい。コメディは、テレビで放送されている内容と被っていて、ほとんどボツになった。
それぞれ気に入る内容はあるが、どれもいまひとつで、全員が納得する話にはならない。
美和がふと、小雪の肩を叩く。
「小雪、『主役二人』じゃダメ?」
小雪が昨日考えたことだ。美和の口癖で、切望。
小雪も書こうとは思った。けれど、主役二人は動かしにくい。
「無理だよ。舞台に主役二人とか、観客が混乱するじゃん」
「でも……。小雪ならできるよ」
「その根拠のない自信どこからくんの?」
小雪はつい、きついことを言った。
わざとではない。できないことにいら立って、ちょっと余裕が無いだけだった。
美和は小雪の怒りに触れて、傷ついた表情をした。
小雪はすぐに謝ろうとしたが、声が出ない。
上手く口が動かなくて、歯がゆい。
「……美和、舞台に主役は基本一人だ。二人もいらねぇだろ」
ただならない空気に、翔太が美和を止めた。美和はしょんぼりした。
「そう、だよね。ごめん。考えたりなくて」
美和はそのあと、小雪と目を合わせようとしなかった。
小雪は申し訳ないと思いつつも、言葉が出ず、謝ることができなくて気まずくなった。
***
コンピューター室で脚本の書き方や、題材になりそうなものを探す部員と別れて、小雪は一人で図書室にこもって演目の案を練る。
題材になりそうなもの、と本棚の間を歩いてみても、偉人伝やマンガでわかる仕組みシリーズなど、興味がそそられないものばかりで、小雪はため息をついた。
世界的に人気のファンタジー、コアなファンの多い小説は、演劇に参考になるだろうか。
そもそも恋愛もの、学園もの、内容が決まっても話の舞台は何がいいのやら。
始まり方は? 終わり方は? それもみんなが納得するようにしなくては。
小雪が席に戻ろうとすると、さっきまで座っていた椅子に松屋が座っていた。
小雪のノートを手に取って、隅々まで目を通していた。
小雪は恥ずかしくて、松屋からノートを奪い返す。
「きゃあ! 何してるんですか!」
「うるせぇ。大きな声出すなよ。着替え覗いたわけじゃねぇだろ」
「ノート勝手に見ないでください!」
「だから、大声出すなって。ここが図書室なのも忘れたのか」
松屋に言われ、小雪はきゅっと口を閉じる。
小雪は松屋とひと席分空けた所に座った。
松屋は山月記を読み出した。
小雪はノートを開いて新しい話を考える。
「図書室にくんなっつったろ」
「へー、あれそういう意味だったんですか。てっきり準備室に近づくなってことかと」
「お前らが図書室に来るとうるせぇんだよ。もう少し忍者みてぇに音消してこい」
「一般人に超人の真似事なんかできませんよ。静かにしてればいいんでしょ」
そう言って、小雪は口を閉じて黙々と話を書いていく。
松屋も何も返さずにページを捲った。
お互いに話さないで時間が過ぎる。
松屋がふと、「中村」と小雪に尋ねた。
「何で面白くない話書いてんだ?」
――誰のせいだと?
松屋が『お前が書け』と言わなければ、こんなにも頭を痛めることはなかったのに。
小雪は突き放すように返した。
「先生が言ったからですけど」
「俺は『演技するとき楽しくて、笑いあり涙ありの面白い話』を書けって言ったんだよ」
「そんなの、書けるわけないじゃないですか」
小雪が言うと、松屋は「ふぅん」と興味なさげに相槌を打って、ある物語の冒頭を
「『雪が降る夜のこと、一羽のウサギが野原を跳ねていました』」
その一文で、小雪はみるみるうちに顔を赤くする。
「『ウサギは野原に残る足跡に、降った雪が重なっていくのが楽しくて、あちこち飛び跳ねて足跡を残しました』」
「ちょっ、ちょっと! やめてくださいよ!」
小雪は松屋の肩をわし掴みにして大きく揺らした。
松屋は「恥ずかしいかよ」とニヤリと笑った。
当たり前だろう。松屋が諳んじたのは、小雪が前に提出した、課題の短編小説なのだから。
まだ顔から火が出そうな小雪に、松屋はけらけら笑った。
「面白れぇ着眼点の話だったなぁ。目の前にあるものをとことん楽しむっていうか、手にしているものをちゃんと知ってるっていうか」
「何ですか。あの時なんて言ったか、先生覚えてます?」
「もちろん。『駄作』」
「そうですよ。そう言った人の言葉なんか信じられません」
むくれる小雪に、松屋は頬杖をつく。
小雪のノートを引っ張り寄せると、今しがた書いた話にも目を通す。
「だって、お前の書いた話、結末覚えてるか?」
「はぁ? ……覚えてないです」
その課題だって、出されたのは一ヶ月前だ。
覚えていても、途中までだ。
そのウサギは、足跡がもっと増えたら面白いと思って仲間を呼んだ。
それから……どうしたんだっけ?
小雪が頑張って思い出そうとしても、結末が思い出せない。
松屋はその様子を見て、「だろうな」と、ため息をつく。
「ウサギが増えて、足跡たくさん増やして楽しんだんだろ」
「そうだったっけ?」
自分で書いた話を思い出せない。
別にいいや、と思う小雪に対して、松屋は眉間にシワを寄せた。
小雪は『着眼点が面白い』と言ったのに、『駄作』だと言った松屋の心情が分からない。
松屋は「途中までは良かった」と言う。
「問題は結末だ。どうしてハッピーエンドにしたんだ」
――結末がダメ?
ハッピーエンドの何がいけないのか。
松屋はあの物語はハッピーエンドだったから駄作だ、と言った。
「あの話、別にウサギを増やす必要はなかった。一人でたくさん跳ねさせて、振り返った時に足跡が一つも残っていなかった。……で終わればよかったんだ」
「それじゃ、空しい話で終わるじゃないですか」
「それが、中村が本来導くべきだった結末なんだ」
導くべきだった、なんて。
せっかくの楽しい話を、空しいまま終わりにしろというのか。
松屋の言うことは難解で、小雪には分からなかった。
「ハッピーエンドにしたせいで物語全体の印象が薄い。書いた本人が覚えていないくらいだ。他人が覚えているはずがないだろ」
「先生は覚えてるじゃないですか」
「時々読み返すからな。全員分、赤ペンで書き足したり、誤字脱字直して読みやすくしてな」
「人の創作を……」
「いいんだよ。俺が読むために書かせたんだから。一番ひどいヤツは最初から最後まで赤ペンだらけだ。最近、逆に面白いと思えてきた」
「この先生は……!」
小雪はまた手元のノートを取られたことに気が付くと、松屋からノートを取り返そうと躍起になる。けれど松屋はさっきと違って、小雪を巧みによけて内容を読む。
全部読み終わると、松屋は小雪にノートを返す。小雪は大切な何かを失った気がした。
「で、これ何で主役と悪役がいて、だいたいハッピーエンドなんだ?」
松屋に尋ねられて、小雪はノートを読み返す。
敵を倒すか恋をするの二択のノートに、小雪は首をかしげる。
「楽しい話って、こんな話じゃないんですか?」
小雪の答えに、松屋は呆れた。
彼はわざとらしく大きなため息をついた。大げさに肩をすくめて「やれやれ」と台詞っぽいことを言った。
「お前は本を読まないのか、それともおとぎ話脳なのか」
「どういうことですか」
「物語は全部『めでたしめでたし』じゃないだろう。ふさわしい終わり方があるのに、お前はそれが分かってない」
松屋は時計を見ると、席を立つ。
まだ4時になったばかりだ。けれど、松屋は「帰るわ」とあくびをする。
「まぁ、あれだ。お前はいろんな本を読むべきだ」
「本ならたくさん読んでますよ」
「その中で正しい結末を覚えているのは何冊だろうな」
松屋に言われて、小雪は動きが止まる。
――正しい結末? そんなの何回も読み返しているのだから、覚えているに決まってる。
けれど、小雪はドキッとした。
松屋は小雪が動かない間に図書室を出ていった。
小雪はもう一度、自分の書いた話を見る。なんらおかしな所はない。
なのにどうしてか、松屋の言うことが正しいような気がした。
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