第5話

 それから三日後の夜、午後八時を過ぎた頃、霧島美佳に電話した。十回程呼び出し音がなった後、留守番電話に切り替わった。一度電話を切る。今は忙しいのかもしれない。三十分ほどしたらまたかけてみよう。それで出なかったら明日の朝にもう一度かけよう。

 

 すると十分後、折り返しの電話が来た。机の端にスマホを置いたのと、慌てて取ろうとしたせいで危

 うく取り落とすところだった。

 

「もっ、もしもし」

 

「みかだけど、電話したよね」

 

 

「あっああ、電話したよ」

 

 

「もしかして間違えて掛けた?」

 

 

「いや、間違えてない」

 

「なんかずいぶん慌ててる様子だけれど、今忙しいの? なんならまた掛け直すけど」

 

「いや、大丈夫」

 

「ならいいけれど。それでどうしたの?」

 

 

「ああ、えっと、デートしないかい?」

 

「デート? 遊びでいいのに、ずいぶん気取った言い方するね。明後日以降なら明いてるよ」

 

「じゃあ明後日お昼ご飯食べよう」

 

「いいよ。場所はどこにするの」

 

「新宿でいい?」

 

「大丈夫よ。時間は十一時半ぐらいに東口でいい?」

 

「はい。お願いします」

 

「そんなかしこまらなくても。じゃあ明後日ね」

 

 電話越しに彼女は笑っているようだった。

 私は彼女、霧島美佳を好きになろうとしていた。友達としての霧島美佳ではなく、恋人として、恋愛を意識した上での霧島美佳を。

 

 

 もはや心神を創る為だけではなかった。心神なんて創れなくてもいい。恋愛に対して行動したかった。好きになる努力をしたかった。

 

 

 二日後、新宿の空模様はあまりよろしくなかった。すぐに雨が降るよう様子は無かったが、一時間もしたら小雨程度は降りそうだった。

 

 家を出る前に天気予報を確認した時には降水確率は三十パーセントを切っていたのだが。この様子だと五十パーセントはありそうだ。折りたたみ傘を持ってくれば良かった。時間を確認すると約束の五分前だった。これでは買いに行く事もできない。ため息ををついて駅の改札口に向かう。

 

 霧島美佳はすでに到着していた。

 

「あれ、君もJRじゃなかったっけ」

 

 彼女は私が改札方向から来ていない事に少し驚いていた。

 

「ちょっと早くついたから空模様確認してたんだ。まあ降ってなかったけど。じゃあ、行こうか」

 

 目的の店に行く道すがら、色々適当な話をしていた。その会話の合間にふと気づいた様子で彼女が言う。

 

「君、なんか様子がおかしくない?」

 

「え?」

 

 

「一昨日わざわざ電話してきたのもそうだし、今日もなんだか一言一言選んで話してるみたい」

 

「そうかなぁ」

 

「私の気のせいかもだけどね。まあいいや」

 

 目的のイタリアンレストランに到着した。そこはパスタがおいしいという事で有名だった。私は三種のチーズのカルボナーラ、彼女は蒸し鳥とエビの和風パスタ、そして二人で一枚マルゲリータピザを注文した。

 

 料理はそれなりにおいしかった。だが感動するほどではない。

 

「それで、これからどうする?」

 

 デザートのアイスを追加注文した後、彼女は聞いてきた。

 

 

「空も晴れてきたし、近くの公園散歩でもしない?」

 

 

「ああ、それはいいね」

 

 彼女は快く承諾した。

 

 店を後にし、徒歩で五分程歩いた所にある公園に向かった。

 

 

「すごい大きいね、ここ」

 

 彼女が言うとおり、その公園は案内板によると十八万坪もあるらしい。

 

 数字を聞いてもいまいちピンとこないが、とりあえず非常に広いことはわかった。

 

 私たちはどこに向かうでもなく、園内を散策した。

 

 

「へえ、元カノに会ったんだ」

 

「突然誘われてね。ダーツしたよ」

 

「ダーツかぁ。私は苦手だからなぁ。……あ、もしかしてより戻したの?」

 

 

「えっ!?」

 

 思いがけない質問に私は面食らった。

 

「様子がおかしいのそのせいなのかなって。より戻したから私と遊べないって伝えようとしてぎこちなくなってるのかなと」

 

「いや、まあ確かに冗談でより戻そうとは言われたけども、実際には戻してないよ。ふつうに遊んだだけだよ」

 

 

「そっか」

 

 

 美佳は突然立ち止まる。

 

 

「……ああ、なるほどね。そういうことか」

 

 立ち止まったのに気づいて私が戻ると、何かを納得している様子だった。 

 

「どうしたの?」

 

 

「……ん。君、私に何か言いたいことがあるんじゃない?」

 

 

 霧島美佳は私の意志を理解したようだった。ならば今こそ意志を言葉にして伝えるべきだと感じた。

 

 

「私は、霧島美佳と恋人として付き合いたい」

 

 彼女の目を見て、ゆっくりと、はっきりとそう伝えた。

 

「ありがとう」

 

 美佳は言葉をそれだけ返すと私に横に並んで歩くよう促した。

 

「……酷い言い方になるけど、私は君が恋愛に興味ないと思っていたよ。だって二年以上も一緒にいて一回もそんな話振ってこないんだもの。それに君は他の人と付き合っても全然変わらなかった。ただ告白されたから付き合ってみた、って感じだった」

 

 確かにその通りだった。それは希にも言われたことだっった。

 

「でも、君にもちゃんと恋愛感情はあったんだね。良かった」

 

  

 彼女は少し間を置いてから再び話す。

 

 

「私の返事としては、ちょっと待って欲しい。最近君に対してその様な意識をしてなかったから。単に異性の友達として見てたから。断り文句では決して無いのだけれど、友達として始めさせてください」

 

「わかった」

 

 

 私はそう答えることしかできなかった。

 

 

「じゃあ、約束のキスでもしとこうか。お互いが恋愛関係になるという約束のね」

 

 

 私たちは人目のつかない木立の中に行き、軽い口づけを交わした。

 

「あれ。君の中に存在してるね」

 

 口づけの後、彼女は私の胸の辺りを眺めて呟いた。

 

 

「なにが」

 

 

 心神。

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心神 金魚屋萌萌(紫音 萌) @tixyoroyamoe

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