第4話

 神を宿す条件は分かった。また、その条件を満たすには自分はまだ不十分だと理解していた。

 

 

 周りに流された意志ではなく、自らで決めた強い意志を持つ。そしてその意志を貫くべきところで貫き通す。はたしてそんな機会が来るのだろうか? いや、違う。機会が来るのを待ち望むのではない。自ら作らなければならないのだ。

 

 隆治は告白によって心神を宿す条件を得た。ならば私も同じようにすれば宿るのかもしれない。

 

 思えば私は自ら恋愛をしようと働きかけた事は無かった。相手から告白されて、そのまま付き合って、好きになろうと努力もせず、好きじゃないからと振ることもせず、結局相手に愛想を尽かされて振られる。隆治の件をのぞき、中学、高校、大学といつも同じ流れだった。常に無頓着だったのだ。

 

 隆治の夢を見てから一週間後の朝、机の上のスマホが音とバイブレーションでトークアプリの通知をする。手にとって確認すると、それは友人からの遊びの誘いだった。

 

 

「今日暇? ダーツかビリヤードしにいこうぜ」

 

 

 唐突な誘いだったがいつもの事だ。

 

 私は手帳を開いて予定を確かめた。十時半に予約してある病院に行かなければいけないだけで、ほかにはこれといった用事は無い。

 

「昼過ぎからなら遊べるよ」

 

 

「お! 本当か! じゃあ十三時に池袋な」

 

 

「了解」

 

 

「ちゃんとマイダーツもってこいよ」

 

 

「わかってるって」

 

 

 そう返して私はスマホをスリープ状態に戻し、出かける準備の為にシャワーを浴びに行く。

 

 

 病院はさほど時間はかからなかった。常用している薬を受け取る為に予約したからだ。診察も一応受けるのだが、最近は身体の調子に加え、世間話や近況を伝える程度で終わる。

 

 今日は最近明晰夢を見たということを伝えた。夢の内容は忘れたということにしておいた。

 

「なるほど、じゃあいつものだしておくから」

 

 医者はあんまり興味が無いようだった。そんな反応で今日の診察は終わった。

 

 薬を受け取って病院を後にし、スマホの電源を入れ、時刻を確認する。ちょうど十一時だった。今から池袋に向かったとしても一時間前後なので待ち合わせ時刻に余裕はあった。ランチを食べる時間はありそうだ。私は最寄りの駅に向かう。

 

 石田希は待ち合わせ時刻に五分遅れてやってきた。

 

「ごめん。ちょっと買い物しててさ」

 

 

「別に構わないよ。いつもの事だし」

 

 

 毎回彼女は待ち合わせに遅れてくる。それも時刻から十分以内の微妙な時間で。

 

 

「なんか奢るから許して」

 

 

 この台詞も遅刻する度に言うので私は毎回なにかしら奢られることになっていた。

 

 

「じゃ、いこうか。良いダーツバー見つけたんだよ」彼女はそう言って私の右手首を掴み歩き出す。

 

 石田希と知り合ったきっかけは、オンラインゲームだった。私は高校から大学にかけてとあるオンラインゲームを継続的に続けており、彼女とは協力プレイを経てフレンド登録をしていた。チャットで話をしていたらお互いがすんでる地域が近い事がわかり、オフ会という名目で会うことになった。直接会うまでは私は彼女の事を男性と勘違いしていた。ゲームの世界では女性キャラでも操作している

 

 プレイヤーは大抵男性というの例が多い中、女性というのは珍しかった。もうそのオンラインゲーム

 

 はサービス終了してしまい、プレイする事ができなかったが、それからも私たちは交流を続けていた。

 

 希が見つけたダーツバーはなかなか雰囲気が良かった。 静かでゆっくりと投げられるように配慮がされている。ドリンクを一杯頼みさえすれば時間制限もない。奥の二人席に案内された。希が飲み物を奢ってくれるということなので私は少し割高なバナナスムージーを、彼女はジンジャエールを注文した。

 

 それから、私たちは雑談を交えつつ、ダーツに興じた。カウントアップ、ゼロワン、クリケットと順繰りにゲームルールを回していった。

 

 彼女のダーツの腕は明らかに上達していた。聞くとここ一ヶ月は毎日投げていたようだった。逆に私は週に一度か二度、気が向いた時にしか投げていなかった。その努力の差もあってか、私は彼女

 に四回に一度勝てるかどうかの勝率だった。

 

「どう? うまくなったでしょ」

 

 彼女は少し勝ち誇った表情をする。

 

「お手上げだよ」

 

 私は両手を肩のところまで上げ、軽くホールドアップの形をとる。

 

「投げ疲れたし、ちょっと休もっか」

 

 彼女は対面の椅子に腰掛けた。両手でジンジャエールのグラスを包むように持ち、口をつける。私はそれを眺めていた。年上には見えないよなぁ、と改めて感じる。

 

 

 外見上、希はかなり若く見え、高校生といわれても納得する。童顔なうえに身長も結構低く、本人は常々それを気にしている。事あるごとに「大人になりたい」とつぶやいていた。

 

 

「ところで、新しい彼女できた?」

 

 

「いや、できてないけど」

 

 

「じゃあ、私ともう一度付き合ってみる?」

 

「えっ」

 

 予想だにしなかった提案に私は戸惑う。

 

「なんてね。冗談、冗談」

 

 石田希は私の元恋人だった。泉隆治に告白されてから二ヶ月程度経ったとき、付き合ってみない? 

 と提案された。そこから四ヶ月付き合ってみて、希のほうから友達に戻らない? と言われ恋愛関係を解消した。

 

「君がどうしても付き合いたいなら別に考えてあげないことも無いけれど。別にそうじゃないでしょ?」

 

「うん。希とよりを戻したいとは考えてないかな。別にこのままの関係で十分だし」

 

 

「だろうね。君はやっぱり恋愛に興味なさそうだもの」彼女は自分のマイダーツの手入れを始めた。

 

「そういやさ、私に何で告白しようと思ったんだい」

 

「久しぶりだね、その質問」付き合っていた時期は何回か聞いた事はあった。けれど毎回彼女は「なんとなく」という返答だった。

 

 

「まあ、今だから言うけどさ。君は都合がいい相手だったんだよね」

 

 

「都合がいい?」

 

 

「そう。私が君以外で付き合ってきた人が同性しかいなかったのは知ってるよね?」

 

 

「うん。初めて会ったときに同性しか興味ないって言ってたよね」

 

 

「ああ、良く覚えてるね。まああれは勘違いされないように予防線を張ってたってのもあるけどね。オンラインゲームで出会う人ってすぐ恋愛関係とか肉体関係に持ち込もうとする人が多いからさ」希は布のクリーナーで拭いていたマイダーツを机に置く。

 

 

「話を戻すけど、私は基本的に同性の方が好きだけれど、異性と付き合ってもみたかったの。そこに

 丁度君という都合のいい人がいたってわけ」

 

 

「そんなに都合が良かった?」

 

 

「うん。元々共通の友人とかいないし、現実で密接なつながりがあるわけでもない。別れる時になってもすっぱりと関係を断ち切れると思ったんだよ。それに君は性格が良い上に相手の気持ちを考えて行動に移す。初めての異性ならぴったりの相手だったんだよ。現に別れてからもこうして良い友好関係を築けている訳だしね」

 

「結構いろいろ考えてたんだね」

 

「付き合ってるときは無意識レベルだったんだけれどね。後々言葉にして説明するとこんな感じになるかな」ふう、と一息ついて彼女はグラスに手をのばす。

 

「でも君は本当に良い人だったよ。セックスできない、お互い愛撫で済ませる事しかできないって言っても許してくれたし。無理に迫ってくることはしなかった。でも私にとってはそれが申し訳なくて別れを切り出す理由にもなったのだけれど」

 

 

「いやそれは別に……」

 

 

「でも彼女いるのに童貞のままってのは辛いでしょ。でも私がいたら新しく彼女を作ることもできない。ならいっそ別れた方が良いかなって」

 

 

「……」

 

 

「君は付き合ってからも私の事を友達感覚で見てたよね。私もそうだった。お互いが恋愛的に好きになれないなら、さっさと別れて、新しい人を見つけるべきなんだなって」

 

 彼女の言っていることは正しかった。私は希の事を友達として見ていた。

 

 

「結局私は同性の方が好きなんだなって気づいたよ。君と付き合っているとき、なんて言うんだろうな、こう心が燃えあがらなかったんだよ。だからたぶん私は異性と付き合うのは難しいんだなって」

 

 

 その時、石田希の中に何かが存在している、そんな感覚が伝わってきた。

 

「心神……」

 

 私は思わずつぶやく。彼女は今、真摯に自分の気持ちと向き合っている。だからこそ私に心神が見えたのだ。

 

「まあ今更こんな話しても辛気くさいだけだね。さ、ダーツに戻ろう」

 

 そう言って希は立ち上がりダーツのルールを再設定しにボードの方へ歩いていった。

 

 

「それで結局君は好きな人できないのかい」

 

 

 彼女は投げながら再び聞いてきた。話しながらも三本の内、一本は的のほぼ中央に命中させている。

 

「彼女が欲しいとは思ってるけど好きな人ができなくてね」

 

 

「……みかはどうなの?」

 

「えっ」

 

 

「直接知ってるわけでは無いから分からないけれど、君私と会う度にみかの話するじゃん。だからもしかしたら好きなんじゃないかって」

 

「……友達だと、思っていたけれど」

 

 私は一本も命中させることができない。

 

「思いこもうとしてるんじゃないかな。曲がりなりにもセックスもしたってこの間言ってたじゃん。それぐらい仲が良いなら以前の私たちみたいに付き合ってみるのはありだと思うよ。でも……」

 

「でも?」

 

「みかさんってもしかしたら君が足りていない部分を埋めている存在なんじゃないかなって」

 

「どういう意味?」

 

「いやその……君の一部というか……ごめん、うまく言葉にできないや。気にしないで」

 

 一ゲーム終わったが結局私は一度も真ん中に命中させることができなかった。得点は彼女との倍近

 

 い差がついていた。

 

 それから三ゲームほどプレイし、時間的にやめようという事になった。時間は午後六時を回っていた。

 

「君は恋愛をする事を怖がっているんじゃないかな」駅に向かう道中、希は呟く。

 

「自分の気持ちに向き合わず、相手の気持ちを優先して行動してしまう。それは多数の人間から好かれて、友達は沢山できるかもしれない。でも、恋人はできないんじゃないかなぁ」

 希は立ち止まり、私に向き合う。私の目を真っ直ぐ見つめる。

 

「振られてもいい、嫌われてもいい。とにかく自分の気持ちと向き合って誰かを好きになってみようとしてみなよ。そうすればどんな結果になろうと、成長できると思うよ」

 

「ありがとう。自分の気持ちに向き合ってみることにするよ」

 

 そう答えると希はにっこりと笑顔になった。 

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